江戸時代を中心に対馬藩(長崎県対馬市)の飛び地・田代領が置かれていた佐賀県基山町が、ふるさと納税を介して対馬市との絆を深めている。 田代領で善政を施した副代官・ 賀島兵介 ( かしまひょうすけ ) (1645~97年)の顕彰祭に両市町長が出席したことを機に始まった取り組みで、両市町は寄付金の一部を交流事業に充てるという。 鳥栖市誌などによると、田代領は現在の佐賀県鳥栖市の東半分と基山町からなるエリアで、1599年、豊臣政権下で成立した。薩摩の島津氏が対馬・宗氏の領地を得た際、代わりに田代領が与えられたという。 山林が約9割を占める対馬藩にとって田代領は「米蔵」とも言える地域で、代官を派遣して統治。賀島は1675年から10年間にわたって副代官を務め、貧民救済や水害対策、風紀の是正などに尽力、疲弊していた田代領をよみがえらせたという。 領民が1794年、功績に感謝して鳥栖市の安生寺に 頌徳 (