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社会と教育に関するlibrevieのブックマーク (11)

  • この「いじめ対策」はすごい! - 森口朗のブログ

    先日、あるいじめ関係のシンポジウムにパネラーとして参加しました。 その席上、長野県の中学校の先生が実践されている「いじめ対策」は、目から鱗が落ちる素晴らしいものだったので報告したいと思います。 それは、以下のような手順で行われます。 1 いじめの認知は、人、親、友人の誰からの報告であっても 「この事態を心配している人から報告があった」で統一する。 ※ いじめ加害者やその親は「誰がそんなこと言った」と言いがちなので、 教員側の対応を統一しておくことは極めて有効と思われます。 2 必ず、一人の教員ではなくチームで対応する。 ※ チーム対応は教員の一番苦手とするところですが、是非克服してほしいところです。 3 複数の加害者(大抵そうです)と複数の教員が別部屋で1対1で対応する。 ※ ここで、各加害者の発言に矛盾が生じます。 4 15分後に部屋に加害者を残して教員が集合し、情報交換・矛盾点の分析

    この「いじめ対策」はすごい! - 森口朗のブログ
  • 市教委・大津署・担任「黙殺の練習」 滋賀・いじめ事件

    昨年10月、滋賀県大津市で自殺した男子中学生が同級生から「自殺の練習」を強要されるなどのいじめ行為を受けていたことが発覚した問題で、事件当時、市教委、大津署、担任教師が被害者側の訴えに耳を傾けなかったという指摘に対し、三者がそろって「黙殺の練習だった」と話していることがわかった。 この事件は昨年10月、同級生からいじめを受けていた中学2年の男子生徒がマンションから飛び降りて自殺したもの。その後、学校が実施したアンケート調査で「殴る蹴るの暴行を受けていた」「万引きを強要されていた」ほか、「自殺の練習をさせられていた」「蜂の死骸をべさせられそうになっていた」など、異常な実態が明らかになったにもかかわらず、市教委はこれらの回答を公表せず、内容の真偽についても確認しなかった。 また、男子生徒の父親は生徒の自殺後、3回に渡り大津署に暴行容疑の被害届を提出しようとしたが、対応した署員は「犯罪として事

    市教委・大津署・担任「黙殺の練習」 滋賀・いじめ事件
    librevie
    librevie 2012/07/08
    久々の真面目な虚構新聞。
  • 大学統廃合について(ひさしぶりに) - 内田樹の研究室

    6月23日の朝日新聞の社説に「大学改革 減らせば良くなるのか」という論説が掲げられていた。 政府の国家戦略会議が行っている大学改革論議の中で、財界人や政治家たちから、「大学が増えすぎて学生の質が下がった。専門知識はおろか一般教養も外国語も身についていない。大学への予算配分にメリハリをつけ、競争によって質を上げよ。校数が減って、大学進学率が下がってもいい」という声が上がったことへの疑念を示したコメントである。 大学を市場原理に放り込み、集客力のない大学の淘汰に同意すると、統廃合が進み、「体力のない地方の小さな私大からつぶれ、地方の裕福ではない家庭の子は進学の機会を奪われる」と社説は予測する。 この予測には、私も同意する(朝日新聞の教育関連の社説と部分的にではあれ意見が合うというのは、私には珍しいことである)。 そもそも大学生の学力が低下しているのは、中等教育で基礎学力が担保されていないからで

  • 「リアリスト」に未来はあるか? - 内田樹の研究室

    「入学の春を迎えた大阪の学校に重苦しい空気が漂っている。橋下徹大阪市長の意向で、教職員に君が代の起立斉唱を義務づける全国初の条例が施行されたことを受け、約13000人の教職員に職務命令が出され、厳密な確認が始まったからだ。」(朝日新聞、4月4日) 起立斉唱の職務命令に三回違反すれば免職できる規定もできた。 3月2日の府立和泉高校の卒業式では教頭が校長の命令で、教職員が歌っているかどうか口元を確認して、歌っていなかった教員一名を府教委に報告した。市長はこれを範として、監視を徹底することを市役所幹部や府教委に伝えた。 市長のロジックは「税金で身分保障されている公務員は業務命令を遵守すべきであり、いやなら辞職しろ」というものである。 国歌国旗問題については、これまでも繰り返し発言してきた。 私が統治システムにかかわることで主張しているのは、つねに同じことである。 「その政策は健全な公共心をもつ成

  • 君が代「口元チェック」の何が問題なのか?

    さすがの大阪の橋下市長も「君が代不起立」問題への反応として、「君が代歌唱の口元チェック」などという行動が現実のものになるとは思っていなかったのではないでしょうか。いつもとは違って、レスポンスまでの時間には、躊躇や熟考があったというニュアンスが漂っています。 そうは言っても、政治家として国政を視野に入れている市長としては、「前進あるのみ」という判断になったのでしょう。ところで、私は従前から、橋下氏のスタイルは、シンガポールの「創業者」であるリー・クワンユー元首相に近いと申し上げてきましたが、今回のエピソードは正にそうしたイメージに重なってきます。 ですが「それでいいのか?」という答えは簡単に出ると思います。それは「ノー」です。 まず、どうしてリー・クワンユーはシンガポールで「チューインガムの禁止」などの強権政治を続けているのかというと、亡くなった金大中(元韓国大統領)との対談での発言ですが、

  • いち若者の立場から、若者が何も主張しない理由を主張してみる - yuhka-unoの日記

    格差と若者の非活動性について (内田樹の研究室) Q1.現在、世界では、経済格差(世代間格差ではなく、金持ちとそうではない人との格差)や社会への不満に対して、多くの若者たちが声を上げ、デモを起こし、自分たちの意見を社会に訴えようと行動しています。翻って日ではここ数十年、目に見える形での若者の社会的行動はほとんど見られません。これだけ若者たちにしわ寄せが行く社会になっているのに、そして政策的にも若年層に不利な方向で進んでいるのに、若者たちはなぜ、社会に対して何かを訴えたり行動したりしないのでしょうか? それは特に不満を感じていないからなのか、それともそうした行動に対して冷めているのか。あるいは社会的に連帯するという行為ができないのか。ネットにはけ口が向かっているだけなのか。内田さんはどのようにお考えでしょうか? なぜ若者が何も言わないのか? 答えは単純。「言っても無駄だと思っているから」。

    いち若者の立場から、若者が何も主張しない理由を主張してみる - yuhka-unoの日記
    librevie
    librevie 2011/10/22
    何事も若者が悪いと宣う人にこそ読んで欲しい。何故鬱屈や諦観を持つに至ったのか。その原因は誰にあるのか。
  • 教育基本条例について - 内田樹の研究室

    大阪維新の会が教育条例の素案をまとめた。 知事・市長による教育目標の設定や教育委員の罷免権など、教育委員会に対する政治主導を明記したほか、校長による教職員への権限強化など組織管理の徹底も打ち出している。 その趣旨は基条例の冒頭に示されている。 「教育行政からあまりに政治が遠ざけられ、教育に民意が十分に反映されてこなかったという不均衡な役割分担を改善し、政治が適切に教育行政における役割を果たし、民の力が確実に教育行政に及ばなければならない」。 教育の独立性についても、従来の教育現場からは違和感のある理解が示されている。 「教育政治的中立性や教育委員会の独立性という概念は、従来、教育行政に政治は一切関与できないかのように認識され、その結果、教員組織と教育行政は聖域扱いされがちであった。しかし、教育政治的中立性とは、来、教育法(平成18年法律第120号)第14条に規定されていると

    librevie
    librevie 2011/08/22
    このような条例案が出てきたことも、「大人」でない者が社会の構成員として多数派となっていることを示している。
  • 暴言と知性について - 内田樹の研究室

    復興相が知事たちに対する「暴言」で、就任後わずかで大臣を辞任することになった。 この発言をめぐる報道やネット上の発言を徴して、すこし思うことがあるので、それについて書きたいと思う。 松大臣が知事に対して言ったことは、そのコンテンツだけをみるなら、ご人も言い募っていたように「問題はなかった」もののように思われる。 Youtube で見ると、彼は復興事業は地方自治体の自助努力が必要であり、それを怠ってはならないということを述べ、しかるのちに「来客を迎えるときの一般的儀礼」について述べた。 仮に日語を解さない人々がテロップに訳文だけ出た画面を見たら、「どうして、この発言で、大臣が辞任しなければならないのか、よくわからない」という印象を抱いたであろう。 傲慢さが尋常でなかったから、その点には気づいたかもしれないが、「態度が大きい」ということは別に政治家が公務を辞職しなければならないような

  • 就活のために構築したストーリーの呪縛社会人のスタートで躓く「就活エリートの迷走」

    (とよだ よしひろ)1983年東京大学卒業後、リクルート入社。新卒採用広報の制作ディレクター、就職ジャーナル・リクルートブックなどの編集長を経て現職。主な著書に『就活エリートの迷走』(ちくま新書)、『新卒無業。』(共著/東洋経済新報社)、『「上司」不要論』(東洋経済新報社)などがある。 リクルート ワークス研究所ホームページ ワークス研究所の労働市場最前線 超就職氷河期、非正規社員の比率の高まり、社内教育制度の限界など日の労働市場は、大きな転換期にある。労働市場の研究所として名高いリクルート社のワークス研究所の研究員が、就職、転職、キャリアパス、制度問題など、労働市場を360度の視点から縦横に分析する。 バックナンバー一覧 現在の就活を巡る議論のほとんどは、多くの大学生が「就職することができない」「就職活動に苦戦し、学業がおろそかになる」といった、就職弱者にスポットを当てたものになってい

  • There is no alternative to market. - Chikirinの日記

    私は無駄な議論が嫌いなので、「市場経済はよろしくない」という人と話す機会はありません。 だから、「その批判は変ですよ」と説明する機会もないのですが、でも、そういう時に使えるお手のような文章が、先日紹介した野口悠紀雄氏の著作にあったのでメモ的に残しておきます。(青太字にしたのはちきりんです。) 市場原理主義批判は虚構に対する攻撃 市場経済が望ましいとする立場は「何をやってもよい」という意味での自由放任を認めているわけではない。 市場メカニズムとは、「一定の明示的なルールの下で各経済主体が自主的に判断する」という仕組みだ。 ルールがしっかりしていないと機能し得ないのである。 サッチャーは「新自由主義」を様々な言葉で表現しているが、「市場を代替するものはない」(There is no alternative to market. 略してTINAと言われる)という表現が、最もわかりやすいだろう。

  • 費用対効果教育 - 内田樹の研究室

    全国私立大学付属・併設中学校高等学校教育研究集会という長い名前の集まりに呼ばれて一席演じる。 教授会がある時間帯なので、ほんとうは断るべき学外バイトであるのだが、なにしろお相手が全国の中高名門校の先生方である。 大学案内をかかえて「あの〜、進路指導の先生にお会いしたいんですけど〜」と腰を低くして職員室にうかがっても、「あ、そのへんに資料だけ置いて帰っていいです」というような扱いを受けてきた身としては、「まとめて営業」できる機会というのはこちらからお鳥目を差し出しても伺いたいところである。 研究集会のテーマは「教育の不易と流行-多様化する社会における一貫教育の役割」というものである。 ちょうど『街場の教育論』が出たところなので、「学校教育は惰性の強い制度であり、社会の変化に即応すべきではない。変化しないことこそが教育の社会的機能なのである」という持論を述べる。 直前の教務委員会で来年度の学年

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