岩波書店のシンボルマークにはミレー「種まく人」があしらわれている。岩波茂雄が農家の生まれだったのでこれを選んだらしい。そういえば、『種蒔く人』というプロレタリア文学雑誌もあった。ミレーを日本で積極的に紹介したのは白樺派である。農村、勤勉、教養といった美徳を結びつけようとしたところに大正期教養主義の一つのロマンティシズムがうかがえる。ミレーはそのシンボルだったと言える。 橘孝三郎が理想としたのもミレー「晩鐘」の世界観であった。黄昏色になずんだ夕刻、教会の鐘の音が聞こえてくる。畑作業を中断し、合掌する農民たちの敬虔な姿──。 五・一五事件(1932年)について調べる人は、逮捕者の中に橘孝三郎と愛郷塾の門下生たちの名前を見つけ、そのミスマッチに必ず戸惑う。青年将校による犬養毅首相暗殺、クーデター未遂というキナ臭さと、トルストイの人生観に共感し、ミレーの「晩鐘」に理想社会を見出す橘の人物像とが結び
![橘孝三郎という人 - ものろぎや・そりてえる](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/f66fdadd9c435c8f75cdc25d39a6738c460a7150/height=288;version=1;width=512/http%3A%2F%2Fbarbare.cocolog-nifty.com%2F.shared-cocolog%2Fnifty_managed%2Fimages%2Fweb%2Fogp%2Fdefault.png)