2015年7月24日のブックマーク (4件)

  • 村上さんのところ

    正義の定義 --------------------------------------------------- 村上さんは正義の定義はできますか? (しゅーごろー、男性、30歳、会社員) --------------------------------------------------- ...

    村上さんのところ
    m-tenshi
    m-tenshi 2015/07/24
    「辞書を引いてみると「正義」は、「精機」と「性技」のあいだにありました。なんか面白いですね。セックス・マニアのエンジニアが、余暇に正しい道理を追求しているみたいで。」
  • おんどりの朝の鳴き声、序列の高い順から 研究

    仏マルセイユで撮影されたおんどり(2006年3月6日撮影、資料写真)。(c)AFP/GERARD JULIEN 【7月24日 AFP】(一部更新)夜明けを告げるおんどり(雄のニワトリ)の鳴き声の順番は、集団内の序列で決まっているとする、ニワトリ界の長年の謎を解明した研究結果が23日、発表された。最上位のおんどりが朝一番の鳴き声を上げる一方で、格下のおんどりたちは自分の番を辛抱強く待っているという。 夜明け前に最初の「コケコッコー」が聞こえた直後、近くから次々と他の鳴き声が続くのは、おなじみの光景だ。 だが、おんどりたちは誰が最初に鳴くのかを、どのようにして決めているのだろうか。 英科学誌ネイチャー(Nature)系オンライン科学誌「サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)」に掲載された、飼育されたニワトリを用いた一連の実験結果によると、それは集団内の地位で決ま

    おんどりの朝の鳴き声、序列の高い順から 研究
    m-tenshi
    m-tenshi 2015/07/24
    「下位のおんどりたちは、自身の自然のリズムを抑圧しており、「最上位のおんどりが最初に鳴き声を発するのを毎朝待てるほどの忍耐強さがある」ことを、実験データは示唆している」
  • リベラル、鶴見俊輔氏のための言葉 上野千鶴子氏追悼文:朝日新聞デジタル

    鶴見さんが、とうとう逝かれた。いつかは、と覚悟していたが、喪失感ははかりしれない。 地方にいて知的に早熟だった高校生の頃から「思想の科学」の読者だったわたしにとって、鶴見さんは遠くにあって自(おの)ずと光を発する導きの星だった。 京大に合格して上洛(じょうらく)したとき、会いたいと切望していた鶴見さんを同志社大学の研究室に訪ねた。「鶴見俊輔」と名札のかかった研究室の扉の向こうに、ほんものの鶴見さんがいると思ったら、心臓が早鐘のように打ったことを覚えている。おそるおそるドアをノックした。二度、三度。返事はなかった。鶴見さんは不在だったのだ。面会するのにあらかじめアポをとってから行くという智恵(ちえ)さえない、18歳だった。 あまりの失望感に脱力し、それから10年余り。「思想の科学」の京都読者会である「家の会」に20代後半になってから招かれるまで、鶴見さんに直接会うことがなかった。それほど鶴見

    リベラル、鶴見俊輔氏のための言葉 上野千鶴子氏追悼文:朝日新聞デジタル
    m-tenshi
    m-tenshi 2015/07/24
    「京大に合格して上洛(じょうらく)したとき、会いたいと切望していた鶴見さんを同志社大学の研究室に訪ねた。」
  • 鶴見俊輔さん死去 「思想の科学」「ベ平連」93歳:朝日新聞デジタル

    リベラルな立場で幅広い批評活動を展開し、戦後の思想・文化界に大きな影響力を持った評論家で哲学者の鶴見俊輔(つるみ・しゅんすけ)さんが死去したことが23日、わかった。93歳だった。 1922年、東京生まれ。父は政治家だった鶴見祐輔。母方の祖父は政治家の後藤新平。38年に渡米し、翌年にハーバード大哲学科に入学。日米開戦後の42年3月、無政府主義者の容疑で逮捕されたが、戦時交換船で帰国した。43年、海軍軍属に志願してインドネシアに赴任。英語の短波放送などを翻訳し、幹部向けの情報新聞を製作した。 戦後の46年、雑誌「思想の科学」を都留(つる)重人、丸山真男らと創刊。米国のプラグマティズム(実用主義)を紹介するとともに、共同研究の成果をまとめた「共同研究 転向」は戦前・戦後の思想の明暗を新しい視角からとらえた。49年、京都大人文科学研究所助教授。54年、東京工業大助教授。 60年5月、岸内閣の新日米

    鶴見俊輔さん死去 「思想の科学」「ベ平連」93歳:朝日新聞デジタル