お笑いコンビ「コント55号」で一時代を作った坂上二郎さんが10日、脳血栓のため栃木県内の病院で亡くなった。76歳だった。相棒の萩本欽一さんが同日、羽田空港で会見を開いた。萩本さんは坂上さんとの思い出を語り、「二郎さんが亡くなって、泣きたいけどテレビの前では……。二郎さんは僕の二郎さんだから。二郎さんと2人で……。一人で泣かせてもらいます」と涙をこらえていた。 坂上さんは1953年、NHKのど自慢コンクール(歌謡曲の部)で鹿児島代表として、九州大会に出場。翌年、コメディアンの内海突破に弟子入り、57年に安藤ロールの芸名で東宝名人会に出演、島倉千代子さんの専属司会を務める。その後、萩本さんと知り合い、1966年に「コント55号」を結成。「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」の野球拳などで一躍脚光を浴び、「飛びます、飛びます」などのギャグと、萩本さんのむちゃな要求にひょうひょうと応える姿が人気