ブックマーク / davitrice.hatenadiary.jp (3)

  • 社会的制裁のなにがよくないのか - 道徳的動物日記

    anond.hatelabo.jp 普段ははてな匿名ダイアリーの投稿にはあまり反応しないのだけれど、最近の事例についてはいろいろと思うところがあるので、昨日にTwitterに下記のような投稿をした。 社会的制裁を生み出すような道徳感情は集団や社会の秩序を維持したりするうえでは不可欠なはずであり、社会的制裁が望ましい結果を生み出すこともあるけれど、法律的な制裁と違ってコントロール不可能でありいつ望ましくない結果が出るのかもわからないので、原則的に「社会的制裁はよくない」とすべき https://t.co/xyqyMgRvhh— デビット・ライス (@RiceDavit) 2021年7月18日 "「正しい怒り」と「正しくない怒り」が存在するという考え方は、ただちに「自分の怒りは正しいが、あいつの怒りは正しくない」という発想に結び付くことは火を見るよりも明らかだ。" ネットリンチとかpublic

    社会的制裁のなにがよくないのか - 道徳的動物日記
    mame_3
    mame_3 2021/07/19
    社会的制裁という事とは別に「被害者へのケア」の一環として最低限加害者のメディアへの露出を無くすというのは必要だと思う。性犯罪やトラウマを植え付けるような加害をした人はその後一生メディアに出られないとか
  • 「動物はおかずだ」デモに関して(2) - 道徳的動物日記

    buzz-plus.com 出勤前に取り急ぎ、昨日の記事の続き。 「動物はおかずだデモ」はデモの名前からして「動物はごはんじゃないデモ」のカウンターである。また、単なるカウンターではなく、「動物はごはんじゃない」デモに対するパロディや皮肉を意識しているようだ。それは、以下のようにふざけたトーンやダジャレなどが声明文に混ざっていることから判断できる。 「あい肉、そうは肉問屋がおろさない。 」 「罪を肉んで人を肉まず! けなしてはならない。中指を立ててはならない。けなす口があるなら、肉を頬張れ! 中指ではなくフランクフルトを立てよ! 右の肉を叩かれたら左の肉を出せ! 肉に勝利を!我々は心から、肉を焼く熱と光を願求禮讃するものである」 「動物はおかずだ」デモに関しては元の記事に対するTwitterはてなブックマークのコメントを見ると賛否両論のようであり、苦言を呈している人も多くいる一方で、評価

    「動物はおかずだ」デモに関して(2) - 道徳的動物日記
    mame_3
    mame_3 2019/05/22
    現代の価値観でも動物を殺すのは悪だよ。必要だから許容されているだけ。「動物はごはんじゃないデモ」は否定できないが「動物はおかずだデモ」は肯定できない。後者は殺すことを肯定している。
  • 「動物はおかずだ」デモに関して(1) - 道徳的動物日記

    仕事の休憩時間に取り急ぎ書いた) 上記の記事に関して、まず気になったのは以下の箇所。 「しかし「動物はごはんじゃないデモ行進」は、自らが肉を忌避するだけでは飽き足らず、他者の権利や自由を否定し肉の撲滅を目論んでいる。」 「憎むべきは、ヴィーガンという生き方を選んだ人間ではない。他者の権利や自由を踏みにじる行為である。」 一般的に言って、ある社会で行われる権利運動とは「その社会で認められていない、ある属性のある種の権利を、認めさせるように要求する運動」と言えるだろう。 過去のアメリカで行われた奴隷制廃止運動であれば、奴隷とされている人々(黒人)が自由に生きる権利や財産を持つ権利などを要求させる運動であった。サフラジェット運動は女性の参政権を要求する運動であったし、「子どもが親から虐待されない権利」や「子どもの自己決定権」なども子どもの権利運動の結果として認められていったものだ。 そして、「

    「動物はおかずだ」デモに関して(1) - 道徳的動物日記
    mame_3
    mame_3 2019/05/21
    肉の為に動物を殺すことは現状選択肢が無いから許されている。趣味の為の狩猟が現代では否定的に捉えられるようになったように、将来殺さずに肉を生産できるようになったら肉の為に殺すことは明確に「悪」になる。
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