文・渋川難波の父 半年ほど前まで、我が家の夜は平和だった。 週何回かではあるが、19時になると妻と二人で渋川難波解説のABEMAのМリーグを見る。 妻はニコニコして「あっ、髪染めてる」「今日のメガネおかしいね」とわいわい騒ぐのであった。 「あれっあの人すごい‼ポンしてチートイツあがっちゃった‼(んな馬鹿な。トイトイと間違えてるわ)」など御愛嬌の会話もふんだんに出て楽しいひと時を過ごせるのである。 それが7月、ドラフトで渋川難波のМリーグ入りが決まってから、平和な夜は一変した。 「今日渋川出るから応援せにゃいけんね」と私が言うと、妻は「怖くてよう見ん」と別室に行ってしまう。 しかたなくテレビを見ている私が別室まで行って途中経過を妻に報告するのだ。 でもまあ、第1戦第2戦、連続2位でスタートしたころはまだよかった。分岐点になったのは第3戦オーラス、魚谷さんから南単騎の直撃を受けてラスに落ちた時