とくに何も考えずに、軽い気持ちでやったことが、意外な結果となることって、ある。いわゆる「瓢箪から駒」というやつである。 説明しにくいのだが、かいつまんで言うと、ぼくが作った巨大ブックカバーを紀伊國屋書店が正式に引き取ってくれた。
鉄道ファンではないのに不思議なご縁の連続で欲しかった電車が自分のところにやってきた鈴木さん(「どうして鈴木さんは欲しい電車をもらえたのか?」)。この話を鉄道ファンの友人にしたところ、鉄道好きが高じた結果、新幹線の一部を貰ったり企画列車を走らせたりした人がいるという。 新幹線を貰うのは、特急列車を貰うよりさらに難度が高そう。さらに自分が企画した列車を走らせるなんていうことは、単に運だけでは実現できない。その方が駅長(マスターではない)を務めていた鉄道居酒屋があると知り、行ってみたよ聞いてきたよ。
1970年群馬県生まれ。工作をしがちなため、各種素材や工具や作品で家が手狭になってきた。一生手狭なんだろう。出したものを片付けないからでもある。性格も雑だ。もう一生こうなんだろう。(動画インタビュー) 前の記事:妄想をモビールにしてみた > 個人サイト 妄想工作所 トロリーバスとは「道路上に張られた架線から取った電気を動力として走る」(Wikipediaより)、いまや大変珍しいバスだ。日本では立山黒部アルペンルートに2路線を残すのみ。私の、一度は乗ってみたい乗り物である。 トロリー。とろりー。とろーり。もうろうとした頭に「とろーりバス」という言葉が浮かんできた。これはもうやるしかないなと思った。
女性誌はまぶしい。きれいな女性やステキな洋服が、照れるほどきらびやかな言葉と共に並んでいる。楽しくないわけがない。憧れる。しかし……少々まぶしすぎる。光量が自分の生活と合わない。 ファッション誌じゃなくて絵巻物ぐらいが身の丈にあっている気がする。光量、合わせていこう。女性誌、巻物で作ってみよう。
江戸時代初頭、天下を取った徳川家康の命によって、西国に備えた防衛拠点として置かれた名古屋城。20もの大名を動員して築かせた壮大な城郭は、「尾張名古屋は城でもつ」と称されるほどだ。 その名古屋城について調べていたところ、宝暦年間(1751~1764年)に「天守を引き上げて天守台の積み直しが行われた」とあった。 えぇ? あの巨大な天守を引き上げた? 重機もジャッキもない江戸時代に、一体どうやって? 気になったので、調べてみた。 1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー) 前の記事:修験道の山巡り > 個人サイト 閑古鳥旅行社 Twit
1971年東京生まれ。イラストレーター。ドクロ服、ドクロ雑貨集めに情熱を燃やしすぎている。ほかにはワニ、ウツボ、ハダカデバネズミなど毛の生えていない動物も好む。著書に「しろねこくん」、「ココロミくん」、「ひとみしり道」、「ばかスイーツ」などがある。(動画インタビュー) 前の記事:うるう秒ファンクラブ
1971年東京生まれ。イラストレーター。ドクロ服、ドクロ雑貨集めに情熱を燃やしすぎている。ほかにはワニ、ウツボ、ハダカデバネズミなど毛の生えていない動物も好む。著書に「しろねこくん」、「ココロミくん」、「ひとみしり道」、「ばかスイーツ」などがある。(動画インタビュー) 前の記事:8時間かけウニまつりへ
鉄道マニアのひとなら「ジャカルタの電車」と聞けば「あーはいはい、あれね」という感じでわかっていただけると思うのだが、この記事は鉄道マニアだけが読む記事ではないのでご説明申し上げたい。 ジャカルタと近郊の町を結ぶ鉄道「KRLジャボタベック」では、日本から譲渡された車両がたくさん走っており、日本ではすでに引退した車両なども現役で走っているという。 異国の地で走る日本の鉄道車両といえば、ブエノスアイレスの丸の内線などが有名だが、ジャカルタの電車はちょっと数が多い。そのうえ、行き先が日本語の地名のまま走っていることもあるという。 ジャカルタを走っている電車なのに、行き先が「我孫子」や「取手」となっているなんてヘンテコな電車、ぜひこの目でみてみたい! というわけで、ジャカルタ市内のターミナル駅、コタ駅にやってきた。
土産を買うのは旅の楽しみのひとつだが、帰りの移動を考えると嵩張る荷物は避けたいところだ。生ものや形が崩れやすいものの場合は、扱いにも気を遣う。 だが、もし戻る場所が東京なら、べつに現地で土産を買う必要はないのかもしれない。だって、羽田に戻ってきてからでもほとんどの都道府県の土産が買えてしまうからだ。
県境が建物の中を走るショッピングセンターが京都府と奈良県の府県境にあるらしい。 こっちは奈良県、足を一歩ふみ出せば京都府……というような場所が、建物の中にあるというわけだ。とても気になるので、行ってみた。 ※以降、府県境・都県境も県境と表記します。 (西村まさゆき) 境界にもグレードがある ある。というか、ぼくが勝手に思ってるだけなのだけど。 やはり境界好きな人たちにとって、なんといっても一番グレードが高いのは「国境」ではないだろうか? ボーダーライン界の巨塔。キングオブ境界。 しかし、残念ながら現在の日本には地続きの国境が無いので、国境線上で反復横飛びをするというダイナミックな遊びはできない。 でも、日本には県境がある。 国境よりグレードは下がるかもしれないけど県境だって立派な境界だ。県境を超えれば条例が変わるし、警察や消防の管轄だって変わる。学校の学区だって変わるだろうし、ゴミの分別方
長野県上田市に電車と暮らす人がいるという。名前は鈴木浩さん。といっても鉄道会社に勤務しているわけではない。庭に車両が置いてあるわけでもない。文字通り「家のなかに電車がいる」のだ。この電車、民宿として宿泊もできるとか。 電車と暮らすなんて、鉄道ファンにとっては夢のまた夢。電車が家にやってきた経緯がまたスゴイ。「初夢に電車が出てきたので、欲しくなってJRにお願いしたら貰えた」んだとか。 そんな夢のような話があるのか!? 私も電車と暮らしたい! なにより鉄道ファンとして同志の話が聞きたい! というわけで行ってみたよ会ってきたよ。
1971年東京生まれ。イラストレーター。ドクロ服、ドクロ雑貨集めに情熱を燃やしすぎている。ほかにはワニ、ウツボ、ハダカデバネズミなど毛の生えていない動物も好む。著書に「しろねこくん」、「ココロミくん」、「ひとみしり道」、「ばかスイーツ」などがある。(動画インタビュー) 前の記事:船橋の小松菜愛はすごい
もっぱら工場とか団地とかジャンクションを愛でています。著書に「工場萌え」「団地の見究」「ジャンクション」など。(動画インタビュー) 前の記事:駅の漏水対策「駅もれ」がすてき > 個人サイト 住宅都市整理公団 70、80年代に「高原の原宿」と言われ、首都圏の学生や若い社会人の間で定番の小旅行先としてたいへん賑わっていた清里。「清里」という言葉を見聞きするだけで当時の雰囲気が甦るのではないか。っていってもそれってぼくより上の世代だよな。 ぼく自身もテレビや雑誌で目にするだけで、訪れたことはなかった。清里で楽しむ年齢としてはまだ若すぎたし、家族で行くようなところではないと感じていた。あそこはカップル(当時はアベックといったかもしれない)の聖地だったはずだ。ぼくの10歳ぐらい上、現在50歳前後の方々が清里経験者ではないか。 自分と親の世代には無縁な清里だったが、それでもファンシーな店舗とペンション
おそらく日本語を使う人ほぼ全員に経験があると僕は思うのだが、どうしても「相模」と「相撲」を見間違えてしまう。 いつまでたっても見違え続けてしまうので、そろそろ白黒はっきり付けたい。 「相模」と「相撲」をはっきり見きわめられる、違いがわかる男になりたい。 (工藤 考浩) なので旅に出ます 僕は今、電車に乗っている。 なぜなら相模と相撲の区別がつかないからだ。 このあいまいな日々に別れを告げるために、電車に飛び乗った。 サガミかスモウか 相模と相撲の区別がつかないということに気づいたのは、たぶん小学生の頃だと思う。 通学途中に止まっていた大型トレーラーのナンバープレートが「相模ナンバー」だった。 それを見て「え! 相撲? おすもうさんが乗っているの?」と思った記憶がある。 その後、成長と共に学習をし、相模と相撲の区別がつくようになっていったかに思えた。 しかしこの春、異変が起こった。
さて、ここで「住所」と「地名」について考えをまとめておきたい。 この日本一長い地名「愛知県海部郡飛島村大字飛島新田字竹之郷ヨタレ南ノ割」(長いので以降「飛島村~」と略します)は、住所だ。 現在、日本では住所を書き表す方法は「地番」と「住居表示」の2種類あり、飛島村~は地番の部類に入る。 ここでふと「そもそも住所って地名なのか?」という疑問がわく。 ふだん「地名」とぼんやり使うけれど「地名」と言って何を指し示しているのかはひとそれぞれである。 例えば「どこに住んでるの?」「錦糸町」といったような会話の中で使われる「錦糸町」これは正確に言うと「駅名」である。 JRの駅は「錦糸町駅」だが、あの辺り一帯は「錦糸n丁目」であり「錦糸町」という町は存在しない。
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