人はそれなりの挫折を通らないと、自分を省みることができないものなのでしょうか。したの記事を読んで思ったことのひとつ。 cakes.mu 痛い目を見ないと人は変われないんでしょうかね。自分に関して言えば、長く勤めた会社の退職や、付き合っていた人の安い裏切り行為など、いくつか経験してきた「痛い目」が結果的には自分をマシな方に導いてくれたところがある。もし、そういうことを通過しないままでいたら、自分はいまよりもずっとクッソだったと思う。 しかし、この幡野さんや大熊さんのように、一度は自分の加害性に目を向けた経験のある(はずの)人であっても今回のような問題を起こすのだから、となると今後も「痛い目」を通してでないと自分を「マシ」に保てないのだろうか。そう思うとなかなか辛いものがある。痛みを伴う改革は、そう何度も経験したくない。ちょっとずつ微調節して、大きな「痛い目」を回避できるといいんだけど、そうい