「フーリッシュな知性」と題し、歴史上、至るとき、至るところに見られる「フール」の文化の変遷を辿りつつ、「理解」という人間的な思考の外側に開いた魔の領域に目を向けた「前編」。 さすがに長文になりすぎたため前後編に分割したが、後編では「使える」ということと「理解」の関係の外側にある非人間的な知性、まさにフーリッシュな知性について考えてみたい。 まずは、前編で紹介したチャップリンに続き、「ドイツのチャップリン」とも呼ばれる喜劇役者カール・ヴァレンティンのコメディ作品に目を向けてみることから始めよう。 壊れているのは、譜面台か、彼らか『道化と笏杖』のなか、チャップリンとキートンの『ライムライト』を紹介したすぐあと、ウィリアム・ウィルフォードは、「ドイツのチャップリン」とも呼ばれるカール・ヴァレンティンの『魔法の譜面台』という喜劇についても論じている。 この喜劇は、ヴァレンティンと相方のリーズル・カ