夏目漱石の「門」(1909年発表)は、駆け落ちしたために世間から見放され、ちょっと精神的にまいりかけた男と、彼に従って静かに暮らす妻の物語です。冒頭近くに、夫が妙なことを言う場面があります。「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。 「何故{なぜ}」 「何故って、幾何{いくら}容易{やさし}い字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日{こんにち}の今の字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った様な気がする。仕舞には見れば見る程今{こん}らしくなくなって来る。――御前{おまい}そんな事を経験した事はないかい」 (新潮文庫 1948年発行 1978年62刷改版 1981年69刷 p.7)「今」という字を見ていると、だんだん「今」に見えなくなってくるというのです。妻はもちろん、「まさか」と否定し、「貴方どうかしていらっしゃる
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