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2011年12月26日のブックマーク (6件)

  • 「輪るピングドラム」 全話の簡易まとめ画像

    773 名前:忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2011/12/25(日) 23:56:12.73 ID:oW+olXJx0 アイキャッチってまだイマイチよくわかってない部分もあるが こんな感じの解釈ででいいんだろうか? アイキャッチ元をつなげた画像はネットで拾ったのを勝手に使わせてもらった 「輪るピングドラム」 つまり、こういう事らしい http://alfalfalfa.com/archives/5009772.html 【完結】「輪るピングドラム」 #24 考察ネタ色々 生存戦略しましょうか! http://alfalfalfa.com/archives/5006727.html 続きを読む

  • オモコロ あたまゆるゆるインターネット

    暇つぶしにピッタリの漫画や記事を毎日のように配信しています。いくら読んでも無料、そしていくら読んでも頭がよくなりません。

    オモコロ あたまゆるゆるインターネット
    minesweeper96
    minesweeper96 2011/12/26
    途中からサザエさんの顔がギャンブラーのそれになっていってる気がする
  • 高校名重視の面接官 灘→東大最強、慶應内部生に疑問抱く人も

    一流大学の学生が就職試験にに強いのは当たり前。しかし採用の現場では「大学名より高校名に注目しろ」なのだという。作家で人材コンサルタントの常見陽平氏が、「最強の東大生」について語る。 * * * 面接官の間で、昔から使われているテクニックがあります。それは、「高校名に注目しろ」というものです。大学は一流でなくても、名門高校に通っていた学生は地頭がいいのではないかというわけです。 名門高校は自由な校風のところも多くて遊び呆けてしまう人もいるわけです。逆に受験勉強がガチガチに厳しく、ドロップアウトしてしまう人も。だから、有名大学ではなくても、高校が名門校なら優秀じゃないかと考えるわけです。上場IT企業の採用責任者は「いまや、一番信頼できるのは高校名では?」と語ります。 高校名重視の背景には、大学全入時代と言われ、私学への入学者の約半分が推薦・AO(アドミッションオフィス)入試という現在、学生の能

    高校名重視の面接官 灘→東大最強、慶應内部生に疑問抱く人も
  • ブログでメシが食えるか、Publickeyの2011年

    このブログ「Publickey」を始めた最大の理由は、ブログという小さなメディアの可能性を広げていくことであり、小さなメディアの運営が職業として成り立つのかどうかを確かめたい、ということにあります。 そうした実験の経過として毎月ページビューの報告をしてきましたが、今月で3回目の期末を迎えたので、そろそろ売り上げについても報告したいと思います。なぜ3回目の期末でようやく報告できるかといえば、1回目の期末はまだ立ち上げたばかりで何もなく、2回目の期末はクライアント数が少なすぎて、売り上げを報告するとクライアントがいくら支払ったのかが丸わかりになってしまう感じになってしまっていたのです。 僕の周りには、いつかブログの収入でべて行けたらいいなと思っている人がたくさんいますし、僕の知らないところにもたくさんいるはずです。そういった方に、現実はこんな感じ、という一例を参考までに知っていただければと思

    ブログでメシが食えるか、Publickeyの2011年
  • 菅野ひろゆき死去のお知らせ

    日頃アーベルとその作品をご支持戴きありがとうございます さて突然でありますが弊社創立者でありゲームクリエイターの菅野ひろゆき(洋之)が去る12月19日脳梗塞およびそれに伴う脳内出血のため永眠いたしました 謹んでご通知申し上げます この場をもちまして故人になりかわり弊社及び故人とその作品を応援して下さった皆様またお世話になりました皆様のご厚情に深く御礼申し上げます なお通夜および葬儀につきましては故人の意向により近親者にて執り行いました

    minesweeper96
    minesweeper96 2011/12/26
    え……
  • ■ - 偽日記@はてなブログ

    ●『輪るピングドラム』最終回。素晴らしかった。納得できる終わり方。現実にはそんなことはありえなかったし、そして、それを思い出すことも決してできないが、しかし確かに存在する「ある記憶」に支えられることで、人は生きている。ある意味「夢オチ」とも言える、すべては無かった、と同時に、あった、という形で作品が閉じられる。いや、すべてが実在したからこそ、「すべては無かった」と言えるこの世界が残された。冠葉と晶馬が実在し、彼らが自らの存在を全うしたからこそ、彼らの痕跡はこの世界からきれいに消えることができた(この消滅は積極的な消滅であり、こどもブロイラーによる透明化とは異なる)。この作品のすべてが、(逆デジャブとでも言うべき)思い出せない記憶のもつリアリティに賭けられているところが素晴らしい。冠葉と晶馬は消え、ただ(もはや誰の目にも映ることのなくなった)ペンギンだけが残される。誰の目にも映らない、誰から

    ■ - 偽日記@はてなブログ