ブックマーク / amamako.hateblo.jp (6)

  • 「モテない」ということが問題なのか、「『モテない』ことが苦しく感じる」ことが問題なのか - あままこのブログ

    amamako.hateblo.jp 前回の記事を書き上げた後、 s-scrap.com 上記の記事で批判されている西井開氏の『「非モテ」からはじめる男性学」というを読みました。 「非モテ」からはじめる男性学 (集英社新書) 作者:西井開集英社Amazonベンジャミン氏の記事を読んだ上で西井氏のを読んで抱いた最初の印象は 「あれ?なんか思ってた感じと全然違うだぞ」 というものでした。 ベンジャミン氏の男性学に関する批判を読んでいると、このもてっきり「男性がモテようとするのは『有害な男らしさ』だ!反省しなさい!」と主張し、非モテに苦しんでいる男性をただ説教するだけで具体的な方法を何も示さないようなに思えます。 ところが、実際は別に「モテようとする気持ち」そのものを「有害な男らしさ」と切り捨てたりせず、「そういう気持ちが起こるのは当然だ」ということを臨床社会学の技法を用いて分析し、そ

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    minominofx66
    minominofx66 2022/04/15
    2019年4月の東大入学式で上野千鶴子氏がいい事を言っている。「弱者が弱者のまま尊重されることを目指すのがフェミニズム」なのだ。喪女や非モテ男はモテなくてもいい、ありのままでいいという価値観になれば。
  • 男性から「ことば」を奪っているのは男性自身ではないか - あままこのブログ

    s-scrap.com 「男性にも『ことば』が必要だ」という記事を読みました。 上記の記事は、さまざまな論点があって、それぞれの論点で賛成できるもの・そうでないものが分かれるのですが、それに一つ一つ答えていくと長くなってしまうので割愛します。 ただ、タイトルの「男性にも『ことば』が必要だ」に関して言うと、それについての僕の答えは簡単で 「男性から『ことば』を奪っているのは男性自身ではないか」 というものです。 「ことば」を発するときに「説明する理論」が必要なときとは 上記の記事では、「女性が受けている不利益を説明する言説はたくさんあるが、男性が受けている不利益を説明する言説はない」ということをもって、「男性には『ことば』がない」と主張します。 これまで、男性と女性が受ける不利益の非対称さを論じる言説は、フェミニズムによるものが大半だった。したがって、女性が受けている不利益については、それを

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    minominofx66
    minominofx66 2022/04/14
    最近の私は「日本で今後徴兵制が再導入されたら、女性も徴兵して前線で戦わせろ」と言い続けるようにしている。社会のジェンダー問題の矛盾を解決するには、これしかないと思うから。
  • 「今ここ」に無理に適応しなくていいということを知るために人文知やサブカルはある - あままこのブログ

    note.com plagmaticjam.hatenablog.com 人がどういう風に学問や思想を学んできたかということを読むのは好きなので、1000円払って白饅頭氏の記事を読み、その後plagmaticjam氏の記事を読みました。 白饅頭氏の記事の要約 まず、白饅頭氏の記事を要約すると次のような内容になります。 最近、経営者やそれなりの役職に就いている人と話すことが多いのだが、彼らは異口同音に「昔は自分もリベラル派に親しみがあったが、今はそうではない」と言う 有名な哲学者である東浩紀氏も同じように言う 社会的責任を持つと、リベラル派の言説というのは、現実から遊離した物に感じるのだ 「自分で金を稼ぎ、社員をわせ、顧客に価値を感じてもらう」という、俗世シャバの泥臭い営みのしんどさと尊さを知った東浩紀さんが、公金をジャブジャブつぎ込まれ、なおかつ子ども(の親)からの高い学費を受け取りなが

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  • 問題は「広告表現」への責任を背負う覚悟が誰にも無いこと - あままこのブログ

    www.huffingtonpost.jp 記事の内容について、 「『見たくない表現』というけど、広告全体が既にほとんどの人にとって見たくない表現だよな」 とか 「『広告のジェンダー平等』とかいかにも電博あたりが考えそうなお題目」 とか 「『こういう女の子はエッチだな』と『こういう女の子は痴漢して良い』の間には壁があって、その壁こそ重要なんじゃないの??」 とか色々考えながらスマートフォンで記事を読んでたんですが、記事の途中で以下の様な広告が挟まりまして 大爆笑して考えたこと全て吹っ飛びました。 何が広告として出稿されるか、全く気にしない人々 でも、ある意味このスクショこそが今回の騒動の質を捉えてると思うんですね。 つまり、大手新聞やテレビ・ラジオ、またそれらに関係する人々が運営しているメディアにおいて、「一体自分たちのメディアにどんな広告が載せられているか」気にしている人なんて誰もいな

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    minominofx66
    minominofx66 2022/04/09
    批判側は今回の広告を「女性への性加害」「女性差別の助長」とまで言い切っている。ここまで言われたら、日経新聞も講談社もたわわの作者さんも全面戦争を覚悟で最後まで戦ってほしい。
  • 「広告」という文化ヒエラルキーなきあとの文化闘争の舞台について - あままこのブログ

    natalie.mu arrow1953.hatenablog.com 色々と論争が繰り広げられていますが、そこからは割と離れて。 上記の広告を見たときにまず疑問に思うのが、「これでこのマンガ買おうと思う人が居るのだろうか?」ということです。 普通、広告というのは消費者に何か消費行動を起こしてもらうためにあるもので、例えばTwitterの広告なんかは、続きが気になるコマだけ敢えて見せることにより「この続きどうなるんだろう」という興味を惹き、それによって閲覧者に、マンガを買わせるなり、マンガが読めるアプリをインストールさせるなりしている。 しかし、この新聞広告を見て「『月曜日のたわわ』読んでみたくなったなー」と思う人が居るのでしょうか?というか、を買わせるという目的のために広告を出稿するなら、もっと閲覧者のアテンションを惹く広告を制作すると思うんですね。 では、閲覧者に消費行動を促すために

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    minominofx66
    minominofx66 2022/04/09
    示威的広告を成功させるのであれば、日経新聞の一面でもいいけど、渋谷のスクランブル交差点や銀座四丁目交差点にたわわの広告を出すべきだと思う。そっちの方がインパクトが大きくなる。
  • 「誰かが傷つく」という事実を、正面から受け止められるかどうか―エイプリルフールの同性婚ネタについて - あままこのブログ

    www.huffingtonpost.jp この記事を読んだときに、最初に抱いた感想を正直に言うと 「そんなことで傷つかれてたら何にも表現できなくなるわ」 でした。 ただ、何度も読んでいくと、 「まあ確かに当事者には傷つく人も居るかもしれないな」とも、思うようになりました。 ですが、「誰かが傷つく」ということと、「そういう表現をしちゃいけない」ということは、また別問題なわけです。 問題は、「誰かが傷つく」という事実を、正面から受け止められるかどうかなのです。 この記事で専門家として発言を紹介されている松岡氏は、次のように論じることで、アイドルがエイプリルフールに同性婚をしたと嘘をつくことが、差別や抑圧に加担すると主張します。 松岡さんは、「『嘘』でより多くの注目を集めるためには、『あり得ないこと』が冗談としてネタに利用されやすく、差別意識や偏見が顕在化しやすい」と指摘する。 「同性愛をエイ

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    minominofx66
    minominofx66 2022/04/04
    表現の自由とは、社会で物議を醸すような表現を「何が何でも受け入れる」という決意を持たなければ維持できない。数日前には、米国で「お前の奥さんハゲだろ」と発言して、ビンタされた事件もあったよね。
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