「復興教育」という呼び方で、文部科学省は被災地における教育支援を続けています。流された校舎や学校備品を元に戻すだけでなく、日本における新しい地域教育モデルを作る意気込みを持っています。なぜ被災地での教育が、教育の未来と関係があるのか。教育行政の歴史的変遷をたどりつつ、その理由を考えてみたいと思います。参考文献には、宮崎市教育長を務めていた田原健二氏による『地域コミュニティと教育委員会制度』(鉱脈社, 2011)を使わせて頂きました。 ■分権と集権で揺れる日本教育 戦後の日本教育は、「分権」→「集権」→「分権」の流れを辿っています。最初は1948年の教育委員会法の制定。教育の民主化・地方分権を目指し、教育委員は公選制が採用されました。 ただし、公選制があったことで、教育委員会に地域における政治的確執が持ち込まれます。結果として自治体首長と教育委員会から別々の予算案が出されるといった事態も起き