ブックマーク / misaki-taku.hatenablog.com (14)

  • LAST WALTZ - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    雑誌SWITCH6月号の特集が写真で、そのタイトルが「LAST WALTZ 写真の夜明け、写真の果て DAIDO MORIYAMA」。昨日購入して、まだ記事の詳細は読んでないけれど、最近になりどこか体調を崩されたのかな、都内から逗子に戻った写真家森山大道氏が撮り下ろした最新作「逗子」。逗子は私もよくカメラをぶらさげてぶらぶらするわけですが、踏切の遮断器や逗子マリーナあたりの?ヤシの木や髑髏の絵柄が刺繍されたジャンパーのアップなどを強めのコントラストで仕上げた「森山流」の写真に、相変わらずわたしは感銘を受けてしまい、なんで同じ町を歩いても、出来上がる写真に大きな差が生まれるのか・・・いや、だからこそ世界の森山なんだろうけれど、凄いもんだ・・・と。雑誌タイトルの「LAST WALTZ」は意味深です。ロックバンドThe Bandの解散コンサートのLAST WALTZを連想せずにはいられないわけで

    LAST WALTZ - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
    misaki-taku
    misaki-taku 2024/05/25
    ururundさん、1枚目の倉庫も2枚目の獅子とポストも、逗子ではなく大磯で撮りました。魅力的なものが転がってるのにたまたま出会う?見付ける?確率、それがめっちゃ高いとき、写真の神様が来てくださってる、とか??
  • 白紙をはさんで - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    子供の頃、まだなにも描かれていない新しいノートに最初の字を、数字を、線や丸を書き始めるとき、きっちりときれいに使い初めて、そのノートが自分にとって大切で、かつなんとなく誇らしい自分だけのノートになっていくことを期待していた。あのおろしたての高揚感はよく覚えている。それから数ページ、ノートはきれいに進み、だけれどもいつかそれが破綻してしまうことも、使い始めるときから知っていた気がする。 それから何十年も生きてきた。最初の字を慎重に書いた新品のノートに、やがて慣れてしまい、ときに書きなぐってしまい、そして後悔したノート。そういうノートのように、たぶん、なにからなにまで人生に起きる出来事は進むのだろう。それは「倦む」とか「慣れてしまう」からの失敗。でも「飽きる」とか「止める」ではなくて、倦んで慣れても、飽きずに止められないこともある。だから、ただだらだらと書きなぐり続けるのではなく、ひとつ途中に

    白紙をはさんで - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
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    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさん、ありがとうございます。カウリスマキ映画、わたしは初期の愛しのタチアナがいちばん好きかなぁと思います。
  • カインド・オブ・ブルー - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    いつもはおよそ1.5ケ月おきに茅ケ崎駅近くの安価な理髪店で髪を切る。ところが、最後に散髪したのが12/30で、以来ふた月と5日経ってしまった。コロナ禍で行きたくないなぁ・・・と思って散髪に行かないでいたら、ずいぶん髪が伸びてしまった。土曜日、とても暖かい日。午後から風強し。スマートフォンに表示されるカレンダーの下に小さな字で「啓蟄」と書いてあった。ニュースでは春一番が吹いたと言っていた。今日も梅の花の写真などを撮ったけれど、夜になり、またもや古いフォルダーを眺めていて見つけた都内の古いアパート、都営の青山北町にあったアパートの写真を使いました。2015年2月に撮影。たしかワタリウム美術館になにかの展示を見に行き・・・いま調べてみたら、石川直樹+奈良美智展だった・・・その帰りにこの古いアパートの前を通ったのだろう、五枚か六枚だけ写真を撮ってあった。一昨年くらいから、高層マンションへの建て替え

    カインド・オブ・ブルー - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
    misaki-taku
    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさん、団地暮らしが憧れだった頃のことは高野文子の、何でしたっけ?美しき町、ですかね、あの漫画に雰囲気が活写されてますね。あとで読み直してみます。
  • 藤沢 - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    一昨日のこのブログに14年前に藤沢で撮った、古い階段の上からこちらを覗き見ている黒の写真を載せた。そんなこともあって、久しぶりに藤沢の駅を真ん中にして、北側も南側も、二時間ほどだろうか、適当に歩く。適当とは言っても、それこそ14年前頃には頻繁に歩いていたので、辿る道筋は、はっきりと覚えてはいなくても、なんとなく、こっちの方に行くと、あの大通りに出るんだったよなぁ・・・という辿り方だった。居酒屋久昇は2017年に閉店していたんだ、今日になり久昇がないのに気が付いた。駅の周りに4軒ほどあった古屋を順番に辿ることもしていたが、もう1軒を残してなくなっていた。喫茶ジュリアンとラーメンこぐまは健在で、ジュリアンは定休日らしかったが、こぐまには列が出来ていた。その先のモルゲン珈琲のあった場所は駐車場に。奥田センター飲街の一番入り口側の左には古めかしい喫茶店があって、私が「レトロ喫茶のモーニング」

    藤沢 - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
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    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさん、構図はフォトショでトリミングや水平を直したり微調整をすることもあります。私は絶景風景とか映え写真とかの派手な写真がすこし苦手です。ここに載せてる写真が良いと言っていただけると嬉しいですね。
  • 今度は3年前の春 - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    今日は終日、胃が膨満感でむかむかする日だった。朝起きて、ソルマックを飲んでみたけれど良くならなかった。自家用車で会社へ行き、6:30に到着。季節が進み、6:30にはもう日が昇っている。上記の体調だが、すこしはなにかべなくては、と、コンビニで買ってきた冷奴とシーチキンおにぎりをべる。午前の業務のなかに、久しぶりに大きな会議室で、七名くらいの若い人が集まり、若くないわたしが、ちょっと経験に基づく仕事の話をする会議があったが、いつもテレワークや出社していて同じフロアにいても、それでもウェブ会議で仕事が進んでいるのだが、それでなにも支障はないように思うものの、こうしてリアルに集まる会議をやってみると、やはり相手の様子を見ながら話したことの理解が進んでいるかどうか、わからないようならもう一回、説明を試みる。ライブ感覚とはこういうことだろう。全部が全部ではなくてよいけど、リアル会議の良いところを知

    今度は3年前の春 - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
    misaki-taku
    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさん、おっしゃる通り、目の充血はこれを書いてる3/20にはとうに治っています。でも高島屋のマークがあるのも悪くないと思ってます(笑)
  • 波間に揺れる - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    これは何年か前の三月に大磯の港で撮ってあった写真です。水面にゆらゆら揺れる光を見るのは好きです。水鏡の風景を追っかける方もいるようですが、たまたま出会った風景がそうであればきれいだなあと思ってそれも撮るだろう、けれど、揺らぐ光を見ていた方が、そこは揺らいでいるのに心はやすらぐ。揺らぐとは動いていることで、それを見ることで、なにも固定されず、トンネルの先に出口が見える、そういう勇気や決意ではなく、もっとささやかなようでいてへこたれないようなことを思うのではないか。そんなことを思ったらこの写真を拾い出していました。 名古屋のバンド、センチメンタル・シティ・ロマンスがデビューしてCBSソニーとかキティレコードだったかしら、3枚目か4枚目のLPを出す頃に、名古屋に住んでいた。ギターの中野督夫さんは少し前に他界したようで。あの粘りつくようでいて、70年代のウエストコーストロックが持っていた明るさも同

    波間に揺れる - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
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    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさん、わたしは岡林は数年微妙にずれていてリアルタイムでは聴いてないのですが、あの新宿地下広場のフォーク集会の写真や動画を見たりすると、当時が一番自由で搾取されていない時代だったのか?とも思います
  • あの頃は - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    あの頃は、通勤電車に乗って、毎日毎日会社に通っていた。電車は混んでいて、つり革につかまって揺られている。たまに、週に一回か二週に一回か、目の前に座っている人が途中駅で降りると、ラッキー!とばかり席に座った。乗換駅で、次に乗る電車が隣のホームに入線してくるのが見えると、間に合うように全速力で走ったものだ。ホームの端にある階段へ、登り階段を一段飛ばしで、跨線橋をまた走り、下り階段も一段飛ばしで・・・。運よく飛び乗ることが出来ても、息が上がって、血の気が引き、青くなって隣駅で降りたことも二度くらいあったな。電車通勤で良かったことなんかあっただろうか?つり革につかまって、ぼんやりと車窓を見ていると、ときどき気になる風景や建物が見えたものだった。フレックスタイムを利用して午後3:00に早上がりした日に、そういう気になった場所へ行ってみたりもした。すなわち通り過ぎていく車窓風景はサムネイル画像のようで

    あの頃は - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
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    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさんは、その意識のもと、山小屋?暮らしを実践されてますね。わたしは書いてるだけで、結局はその便利に馴染んでしまってます。
  • 波止場 - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    横浜駅から山下公園まで15分くらいだろうか、シーバスという船が行ったり来たりしていて、最近は乗ってないなぁ、短い船旅でも、水に近いのはちょっと自然を感じて良いものだ。 さて、今日の午後は会社で補助金を出してくれるがん検診に行ってきた。どこを検査するかはたくさんの契約医療機関のリストとそれぞれの医療機関に設定してあるコースから選べる。今年ははじめて脳ドックにしてみる。それに自腹で頸部エコーと心臓エコーを追加した。頸部エコーでは首全体に例の検査用のぬるぬるしたオイルを塗られて、そこにハンディのエコー装置のヘッド部が当てられて検査技師の方が手動でそれを滑らせながら、記録をしていく。10分か15分くらい、ずっと首のあたりをくねくねとヘッド部が当たりつつ右左に滑ってうごくので、最初はちょっと緊張し、緊張すると唾を飲みたくなり、でも検査部位が動くのは良くないのではないかなどと思い、我慢すると余計に唾を

    波止場 - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
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    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさん、東福寺芬陀院は正面に雪舟の鶴亀の石庭があり、その横の東庭だったかな、小さな庭が重森作だったと思います。ずっと見ていたい庭です。
  • 大磯町 - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    神奈川県の相模湾沿いに、鎌倉市からはじめると、鎌倉市・藤沢市・茅ケ崎市・平塚市と並んで、次がこの神奈川県中郡大磯町。鎌倉は言わずと知れた今年で言えば鎌倉殿の十三人の鎌倉で、藤沢市と言えば江の島があり、茅ケ崎市は加山雄三やサザンの桑田氏の出身地で、平塚市は七夕祭がよく知られていて湘南ベルマーレの拠地の競技場があり、そうそういまや河野太郎が有名政治家だが河野家は平塚が地元だ。そして中郡大磯町は明治の頃、吉田茂はじめ多くの財界政界の大物が別荘を構えていた場所で、いまは村上春樹も住んでいる(のかなまだ?)。大磯港の西側の岩場はアオバトの飛来地としてバードウォッチャーにはよく知られているし、大磯港の東側の海水浴場は日最初の海水浴場だったと聞いたことがある。1月には砂浜で大規模などんど焼き、左義長祭りが行われ国の重要無形民俗文化財に指定されている。そういう町です。あ、大磯のプリンスホテルには大磯ロ

    大磯町 - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
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    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさん、撮ったわたしは蘇鉄には目が行ってなかったです。写真は一人歩きするのがホント面白いです。わたしは自転車の人の後姿が気に入って載せました。
  • 3月の暖かい日曜日の夕暮れ時に - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    暖かい日曜日。日曜日も夕方になると、明日から始まる平日(仕事や学校)がちょっと憂になり、日曜日という特別な日が名残惜しくなるものだ。いまはそれほどでもないけれど、若い頃はけっこうおセンチな気分があった。二十代三十代の頃は、お盆休みやゴールデンウィークの連休が終わる頃にはひどくナーバスになり、お腹を壊したりしていた。 日曜の夕方に砂浜に行くと、自分の知っている人はそこには誰もいなくても、人が集まっている。その同じ場所にいるだけで、自分の心には、一人きりの哀しい気分を一方では楽しめる余裕が生まれる(もちろん、余裕が生まれるとさすがにお腹を壊したりはせずに済む)。そんな風に感じられるようになってから、それを自分では「雑踏のなかの孤独」とか言っているのだが(でもこの写真の感じは決して雑踏ではないけれど)、その「雑踏の中の孤独」が好きになった。もちろん誰かとの二人旅も、もっと大人数での旅も、それに

    3月の暖かい日曜日の夕暮れ時に - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
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    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさん。ありがとうございます。ザ・バンド(ロックバンド)のトワイライトという曲に、黄昏は一日のうちで一番さびしい時間、というようなことが歌われてましたが、みなさん海を見て何を思うのでしょうね。
  • 豪雨を抜けて - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    朝、自宅を出るときにぽつぽつと降り始めた雨は、自家用車を運転して横浜新道から第三京浜道路に入り、都内終点の多摩川に向かう途中から豪雨になった。前を行くトラックの跳ね上げる水煙を避けるため、いつもより車間距離をとって、ワイパーも自動動作から高速動作に切り替え、それでもワイパーがフロントウインドウの水膜をはらった次の瞬間にはまた雨がふりそそぐ。そのあと一般道路に入ると、豪雨をもたらしている雲の下を抜けたのかだいぶ小降りになったが、会社に到着したときには雨は降っていた。ホワイトデイで、ちょっとお返ししなくてはならないものなどもあり、いつもより荷物が多いのを抱えるようにして雨の中、駐車場から職場のある建物まで歩いた。コンビニで買っておいた豚汁を電子レンジで温めているときに、外を見ると、五分くらいまえまで降っていた雨、私が荷物を抱えて歩いて来たときに降っていた雨は、もうすっかり上がっていた。それで、

    豪雨を抜けて - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
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    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさん、ありがとうございます。次からそうしてみます。
  • 高速のPA - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    「車」が写っていることを決まりとして、可能な限り古い写真からなるべく全部、自分の撮って来た写真を見直しては写真を選び始めています。5月に車の写ったスナップ写真で展示をするかもしれません。詳しく決まったらここでお知らせします。 最後に写真を展示したのは写真同人ニセアカシアが写真集ニセアカシア8を出版したときに合わせて西荻窪の書店の壁を借りたとき、それが2019年だったので(たぶん)、実現すれば3年ぶりになりますかね。それでこの写真もこんなの撮ったことなにも覚えていないのに、見直したらあったので、いったいいつどこで撮ったんだろう?と不思議なのだが、なんだかかっこいいので候補にしました。 車って、70年代80年代90年代とずっと憧れというのか、自分の車を持っていたい、それを大事にして自分の相棒として大事に乗りたい、というような感情移入をして所有している「あいすべき道具」であって、いまのように必要

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    misaki-taku 2022/03/20
    URURURONDさん。そして修理から戻ると、なんか余計に愛着が湧いたりしますね。
  • 四月になれば - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    何年か前の四月に河川敷にある野球場で近くの高等学校の野球部の生徒たちが練習をしていた。ずいぶん大勢の部員がいるものだな。四月だから新入部員が大勢入部したところだったのだろうか。そんな様子を二コマだけ写真に撮ってあったのを、今日見つけ出した。四月・・・もうあと二週間で四月で、そのまえには桜は満開を迎えることだろう。ハイティーンだったころ、サイモンとガーファンクルの「四月になれば彼女は」という曲のメロディはきれいだなぁと思っていた。それであの冒頭のギターの旋律をなんとなくそんな風に聞こえるぞという風に自分勝手に弾き方を考え出したりした。いま歌詞を読むと、四月に出会った彼女が九月にはもう別れてしまっていなくなる。そういう短い恋の過程を歌っている曲だった。ジャズのスタンダードになっている「四月の思い出」もいい曲だ。前奏のなにが始まるんだ?というわくわくとしたリズムがいい。私はクリフォード・ブラウン

    四月になれば - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
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    misaki-taku 2022/03/20
    中学生の頃、映画「卒業」で、サイモンとガーファンクルのスカボロ・フェアやミセス・ロビンソンを聴いたのが最初でした。最近になり良いなぁと思った曲があります。フランク・ロイド・ライトに捧げる歌です。
  • 曇りの土曜日 - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく

    朝のニュースで、今日は終日晴れて暖かくなると聞く。東京の予想最高気温が19℃で、小田原が24℃と出ていた。横浜伊勢佐木町あたりをカメラを持ってぶらつくことにする。横浜は、東京と小田原の中間地点だから19+24=43を2で割って、21.5℃と定めて、それだけ暖かければもうスプリングコート的なもの、ウインドブレイカー的なもの、そういうの不要だなと思い、綿シャツの上にコットンセーターを着て出たが、ちょっとそれだけでは寒かった(実際、15℃を少し超えたくらいだった)。午前はまだ晴れていたが、午後はずっと曇りで、夕方には雨が降り始めた。関内駅から伸びている横浜の「大通公園」は、いつも人が少なく閑散とした感じがする。そんな公園にこの「おかめ桜」が満開の花を付けていた(上の写真)。喫茶店に入る。1957年に開店したと書いてあった。私が生まれた年だ。それがこの店舗なのか、このチェーンの喫茶店のどこかの一号

    曇りの土曜日 - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく
    misaki-taku
    misaki-taku 2022/03/20
    ururundoさん、ブックマークにコメントをいただいてること、今になり気が付きました。さかのぼっていただいたコメントにお返しを書きたいと思います。ありがとうございます。失礼をしておりました。
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