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ブックマーク / blog.goo.ne.jp/kurokuragawa (2)

  • 個人的痛みとしての「セクハラ被害」と社会的問題としての「セクハラ論」 - 玄倉川の岸辺

    バレンタインデーに「はてなブックマーク」界隈で盛り上がったのは、甘くて苦いチョコレートの受け渡し問題   …ではなくて、セクシャル・ハラスメントの話題だった。なんとも無粋な話ではある。 発端となった記事はこれ。 id:ekken さん、性的いやがらせはやめてください(再追記アリ - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wake はてなブックマーク - id:ekken さん、性的いやがらせはやめてください(追記アリ - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wake 関連記事はコメントが並んでいる下にある「このエントリーを含むエントリー」「このエントリーを含む日記」をたどってください。 中島義道の影響なのか、それとも以前からそうだったのかわからないが、このごろ私は「個人的な価値観」「自分自身の好き嫌い」「体験・肉体と思考の不可分性」といったことにこだわっている。たとえば何か事件や問題が起きたとき「自分は

    個人的痛みとしての「セクハラ被害」と社会的問題としての「セクハラ論」 - 玄倉川の岸辺
  • 「派遣村」叩きに日本の国民性を思う - 玄倉川の岸辺

    少し前の番組になるが、去年12月21日に放送された「サイエンスZERO」がとても興味深かった。 人間性とは何か、信頼や満足感はどこから生まれるのか。わかったつもりでいたけれど実はほとんど知らないのだと気付かせてくれた。 「シリーズ・ヒトの謎に迫る」第3回は、さまざまな工夫を凝らした実験で「心の正体」を探る社会心理学の最前線を見る。プレゼンターは北海道大学の山岸俊男教授。「なぜ実験で心がわかる?」という質問に、山岸教授は「心と意識は別もの。ヒトの心は人にもよくわからない。実験なしに知ることは不可能」と言い切る。山岸教授の研究チームが実施する実験は、たとえば「独裁者ゲーム」と呼ばれるもの。二人組の一方に「ふたりで分けなさい」とお金を預けたとき、どのような割合で分けるかを大勢に試して統計を取る。その結果、独り占めする人はほとんどおらず、意外に均等に分ける人が多いことがわかる。それはなぜか?その

    「派遣村」叩きに日本の国民性を思う - 玄倉川の岸辺
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