知ってる人は知ってると思う。 反差別というものを語っているのに、物事の考え方が「ダサい」「ダサくない」が基準なのがやばい。 「ダサい」「ダサくない」で判別するにあたり、そこで絶対的な線引きが出来ていると思っている節があるのだが、まずそんなひどく感覚的で漠然とした基準かつ詰めることも出来なさそうな定義で語ってるのが言論として脆いし危うい。 さらにここが一番大切なのだが、「ダサい」「ダサくない」がかなり差別的なニュアンスを含む価値観だと気付いてないのが一番マズイ。 政治的主張、思想的傾向、それらを「ダサい」か「ダサくない」かで語るのが、真摯な言論だとは到底思えないが、彼らは「ダサい」「ダサくない」でそれらが語れると思っている。 これは音楽系だからこその特徴がある。 音楽系の反差別界隈、政治的言論界隈の方たちは、ファッションに音楽、クラブなどの遊びといったものに最先端であることを求め、そこに価値
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