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ブックマーク / bushoojapan.com (2)

  • 大晦日に徹夜でテレビは平安時代から続く「初詣」伝統でOK! - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

    2017年のお正月の迎え方はもう決めましたか?テレビを見ながらゴロゴロする人も、お寺へ並んで除夜の鐘をつく人も、さっそく神社に初詣に行く人もいろいろいらっしゃると思います。 なぜ神社やお寺の初詣を大みそかの夜から日にちが切り替わった瞬間にやるのかと考えたことってありませんか。なにもあんなに寒い時間でなく、朝でも昼でもいいじゃないか(でも温かい甘酒はおいしい) これにはちゃんと理由があるのです。初詣は江戸時代以前にも行われていました。 当然、今のように交通事情が発展していませんから、有名な寺社へ行く現代風の初詣ではありません。 初詣とは呼ばなくてもやっていた 「年籠り」 現代の「初詣」は江戸時代以前は「年籠り(としこもり)」と呼ばれていました。 言葉の使い方としては、かなり古いです。11世紀つまり平安時代の『後拾遺往生伝』という仏教説話集にもあり、江戸時代後半(19世紀)の『諸国風俗問状』ま

    mojisan
    mojisan 2014/01/02
  • 「古代の日韓交流史」NHKがクローズアップした時代の少し前になにが起きたかまとめた

    継体は皇位を簒奪していない6代なんていっているが単なる自称で、継体は皇位の簒奪者だったではないのかとも言われています。 しかし、答えはNOでしょう。 確かにはるか昔の天皇から数えて6代目ともなると、もはや皇族と言えないくらい遠いのですが、少なくとも「昔の大王の子孫」と、自他共に認識されていたことは間違いなさそうです。(DNA的につながっているかどうかではなく、あくまで認知されていた) もし継体が征服王朝の始祖だと考える場合、戦国時代のように、まずは地元でトップになっていることが必須となります。 ところが、越(福井県)での古墳の規模を見ると、継体がいたと考えられる地区とは別の地区に圧倒的に大きい前方後円墳があることが考古学から判明しています。つまり、継体は越の王ですらなかったのです。日海側で一番強い武将だから天皇になったのではなく、やはりいにしえの天皇の血を引く人物とみなされていたことが最

    mojisan
    mojisan 2013/12/04
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