ブックマーク / note.com/kurage0 (1)

  • AI絵が嫌なのは、「AIだから」ではない|k.a.256

    反証不能なことについて、断定が集まっている。 ある絵がAIによるものかどうかは、完成した画像だけからは確かめられない。工程の記録や元ファイルが出てくれば別だが、流れてくるのは一枚の画像だ。にもかかわらず確信は集まり、集まった確信は攻撃になり、描いた人が筆を折るところまで行く。確かめられないことを根拠にして、取り返しのつくものを取り返しのつかない側へ動かしている。 判別できると言う人には、生存者バイアスに似た偏りがある。見抜けたものは数に入る一方、AIだったのに見抜けなかったものは、そもそも失敗例として数えられない。AIだと思って外したものまで全部確かめていなければ、当てた割合さえ分からない。だから精度の実感だけが上がっていく。当たった記憶がいくら増えても、それだけでは「見分けられる」ことの精度は分からない。 ただ、彼らが見ている特徴まで間違っているとは限らない。均一すぎる。表情はあるのに、

    AI絵が嫌なのは、「AIだから」ではない|k.a.256
    mopx
    mopx 2026/08/10
    嫌ってなんだろうか。クリエイティブに関わる人間が増えて嬉しいばかりだ。モノを生み出す快感にどんどん溺れてほしい。もう元には戻れない不可逆的な変化が訪れるぞ。
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