日本民族ならでは分からぬ微妙な味であろう。(日下実男『海洋文明学入門』現代教養文庫 昭和51年) そうそう、「ならでは」は省略形だったのだ。「すべからく〜べし」の後半が廃れて、「すべて」の高級形と誤解されて生き残ったように、「ならでは〜ぬ」の後半も廃れてしまったのだ。
深刻な規模の財政赤字や、急速に進行する少子高齢化など、現在の日本には、解決すべき、喫緊の課題が山積みです。それにもかかわらず、いつまでも、問題への有効な方策を見いだせないことが、日本人に、じぶんたちの社会にたいする信頼感をうしなわせ、ひとびとを、よりいっそう、将来の不安へと駆りたてています。このような状況のなか、これから、わたしたちに必要なのは、一時的な安心を得るために、出来あいの社会の見取り図にとびつくことなどではけっしてなく、まずは、ひとりひとりが、さまざまなすぐれた考え方に接し、自分で考える方法を身につけ、それぞれの場で、問題を解決するために、考え続けていくことなのではないでしょうか。 早稲田大学国際教養学部教授の加藤典洋先生は、批評家です。 卓越した比喩が魅力のひとつである、加藤先生の批評文は、普通の人間の日常の感覚を出発点にして考えすすめられ、書かれたもので、その考察の対象は、問
村木厚子さんと東電OL 2010年10月10日 文芸春秋10月号、江川昭子さんがまとめた村木厚子さんの手記を読んだ。 事件の経緯だけでなく、村木さんが生きてきた道が丁寧に描かれていた。 村木さんは検察で嘘の調書を強要され、抵抗し続けてきた拘留期間に、こう考えたという。 「検事の土俵にいる限り、私が勝つことなんてありえない。だとすると、やらなきゃいけないのは負けてしまわないこと」 そのために村木さんがしたのは「目標を低く設定すること」だったという。しかも驚いたことにその目標はたった二つ、こういうものだった。 「体調を崩さないこと」 「落ち込まないこと」 目が覚めるような「ケンカの作法」である。「戦い方」である。いったい、私のフェミはなんだったのか、と思った。 私が村木さんの立場に立ったとしたら・・・と想像するだに恐ろしい。 自殺したと思う。 死なずとも心は完全に死んだと、思
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