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2006年8月11日のブックマーク (3件)

  • PTSD患者に言ってはいけない言葉

    このコーナーの内容は、被害者をサポートする人への情報です。被害者自身が読むと、になったり、世の中を悲観する事になるので、おすすめしません! 犯罪の被害にあって傷ついた心は、周りの人の何気ない言葉にも、極度に敏感になっています。 周りの人が神経質になることはないのですが、できれば、ここにリストアップされた表現や行動は避けたほうがいいでしょう。 特に、犯罪被害にあった人は、「自分が悪かったのではないか」「自分の力が足りなかったのではないか」「自分の態度が、このような犯罪を呼び込んでしまったのではないか」と自分を責める傾向にあります。 ですから、被害者と会話をする際には「5つのポイント」に気をつけてください。 被害者には、事件に関して少しも責任がなく、事件を事前に回避することが不可能だったということを明確にする 心の傷が癒えるには、10年単位の長い年月がかかることを理解する 犯罪

  • 実在としての精神 精神としての実在

    精神の問題は、科学者にとって蹟きの石である。 こんにちのように、科学が「有効な」記述であることを求められる時代にあっ ては、そもそも確定的な結論を期待できない精神論を口にすることは、科学者の 堕落であると見なす者が多い。たとえ顕著な業績を上げた大家でも、ひとたび精 神をテーマに論述すると、たちまち「研究に行き詰まって哲学に逃避した」とい う陰口が学界でささやかれ、特に若手の研究者からは白眼視されるようになる。 また、当の学者の業績を回顧する際にも、この種の著作は等閑視されているのが 現状である。 しかし、精神の問題を科学の枠内で論じることは、当に無意味なのだろうか。 筆者は、そうは思わない。科学が、こんにち学問的に思考する上で最も強力な方 法論を駆使しており、また、適用範囲がある程度確定している豊富な知見を利用 することが可能な体系である以上、何らかの学問的な結論に到達するためには、 科

    mushimori
    mushimori 2006/08/11
    科学的実在論の立場からの「精神」についての考察。
  • なぜ彼らはそんなに自信満々なのか - opeblo

    的な事実を無視して語られる南京事件 - Apeman’s diary とにかく不思議で不思議でならないのは、これほどまでに基的な事実についての知識を欠きながら、なにゆえあそこまで自信満々足りうるのか、である。 これは僕も不思議で、僕は南京事件について新書や概説書を一通り読んだぐらいで、専門の研究者でも何でもないから、南京事件については、歴史学では人数に諸説あるとは言え、一定程度の規模の人数(数万人〜十数万人程度)が犠牲になった残虐行為はあったのは通説になっているから、その通説を信頼するしかないわけだけど、否定論者の人って、専門的に研究しているわけではないのに、何であんなに自信満々なんでしょうね。 あと、「南京には20万人しかいなかった」とか「弾薬が足りなかった」とか、南京事件否定論の人達の論法は、確かに簡単で判りやすいけど、逆に言えば、専門にやっている歴史学者の人達が、長い間そんな簡

    なぜ彼らはそんなに自信満々なのか - opeblo
    mushimori
    mushimori 2006/08/11
    これは彼らの自我構造に起因していると僕は思う。それプラス社会の変化も一因としてあるのかなと。過剰流動性不安というだけでは片付けられないんじゃないかな。