哲学書の翻訳で、読んで分かるもの、これは面白いよと安心して人に薦められるものはめったにない。本書は、数少ないそうした本の一つだ。 もともとが講義録である。一般に、しゃべったものは、初めから書いたものに比べると分かりやすい。あまりややこしいことは、声に出してしゃべることができないからだろう。細谷貞雄さんが監修した翻訳も出来がいい。 ニーチェは、1880年代前半に有名な思想詩『ツァラトゥストラかく語りき』を書きあげたあと、やっと自分の「哲学的主著」の執筆にとりかかった。幾度も構想を組み替えながら、3、4年かけて厖大(ぼうだい)な断片的原稿を書きためたが、それを著作にまとめあげる前に、精神錯乱に陥り、その思想も闇に包まれてしまった。 ところが、1930年代後半になって、20世紀を代表するドイツの哲学者、ハイデッガーが、自分自身決定的な影響を受けたニーチェのこの思想を主題に一連の講義をおこない、彼