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ブックマーク / locust0138.hatenablog.com (2)

  • ドキッ! 死体だらけの平安京! ポロリもあるよ! ―命の重さの日本史― - バッタもん日記

    はじめに 私はノーテンキな進歩主義者です。人類は少しずつ、一進一退を繰り返しながらも精神面で進歩し続けていると固く信じています。その根拠の一つは、街中で歩きたばこや立小便や痰吐きなどの下品な行為を見かけることが減った、というような日常の些細な感覚です。そして最大の根拠は、「命が大事にされるようになったこと」です。具体的に数値で見ると、日における殺人事件は減り続けています。 参考:平成12年版 警察白書 平成29年版 犯罪白書 日人は長い年月を経て、命を大事にするようになりました。言い換えれば、昔の日人は命を大事にしない蛮族であったということです。平然と殺し合いをしていました。歴史家の言葉を引用します。 光源氏が王朝時代の貴公子の理想像であることについて、これまでのところ、その優れた容姿や豊かな才能などが取り沙汰されるのが普通であった。だが、実のところは、理不尽な暴力事件を起こさないと

    ドキッ! 死体だらけの平安京! ポロリもあるよ! ―命の重さの日本史― - バッタもん日記
  • ヒガンバナに見る「和食」の貧しさ−伝統の捏造− - バッタもん日記

    1.はじめに 昨年12月に、「和」がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録されました。 私個人は、この件に関して複雑な印象を抱いております。日文化が世界的に評価されたことは喜ぶべきだと思いますが、この件が一部の偏狭な「和原理主義者」や「の排外主義者」に利用される可能性があるからです。 「和」は「伝統的な日文化」であると定義されていますが、これは非常に曖昧な定義です。「伝統」とは一体何でしょうか。「和」は「伝統的」に世界に自慢できるほど豊かだったのでしょうか。今回は、「和」と「伝統」の関係について、とある有毒植物を例として考えてみたいと思います。 2.ヒガンバナはどう利用されてきたか ヒガンバナは恐らく中国を原産地とする植物で、日に人為的に導入されたとされています。水稲栽培の技術を有する人々の手で持ち込まれたのでしょう。水田の周りなどに群生しており

    ヒガンバナに見る「和食」の貧しさ−伝統の捏造− - バッタもん日記
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