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2008年5月17日のブックマーク (7件)

  • 哲学者の薔薇園の神秘-1 - アヴァンギャルド精神世界

    冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。 ◎王と生、女王と死 1.第一図 まず舞台として、メルクリウスの池に表象されるこの世があり、その池には6つの星があり、チャクラを暗示している。噴水の上部に大きな星がありこれは七つ目のチャクラであるサハスラーラ・チャクラ。 上方に太陽と月があり、天上にも男性原理、女性原理のあることを意味する。 2.第二図 王と女王が左手を握りあって、右手では一の花を交差させ、その交点に鳥が更に一の花を交差させている。 いろいろな解き方があるとは思うが、ここでは、左手の握手は肉に近いより低次の交わり、右手の花の交差は、鳥を媒介としているので、天を意識したより高次な交わりのイメージであり、三位一体を暗喩している。 つまり王も女王も個人・個別性の中のものなので、十牛図でいえば、童子が王であり、牛が女王

    哲学者の薔薇園の神秘-1 - アヴァンギャルド精神世界
    na23
    na23 2008/05/17
    錬金術書「哲学者の薔薇園」
  • ララビアータ:『靖国』異論 - livedoor Blog(ブログ)

    シネ・アミューズで、『靖国』を見る機会があった。評判になっているものなので、あまり見る気がしなかったのだが、友人に誘われ、また別の用事もあったので、出かける事にしたものだ。 映画を見終わっての私たちの会話。 「どうも少し長すぎるね」 「刈谷さん(靖国神社の刀鍛冶)はなかなかいいね。特にあの顔がいい。あれは、旧きよき日人だな」 「それに対して、小泉純一郎は軽いね」 「一方、昭和天皇は、なかなか存在感あるね」 「でも、あのお話は空疎だな」 「それはしょうがないでしょ」 「あのアメリカ人(靖国の前で星条旗を掲げながら、小泉首相支持のプラカードを掲げている人)は、いかにもアメリカ人らしい。」 「いかにも、あの場とチグハグでね」 こんな取りとめもない会話をしながら、会場を出ようとしたら、隣にいた若い女性がわれわれの方を向いて、「劇場内で勝手な感想話しないで下さい」と言った。何とも面らう話であるが

    na23
    na23 2008/05/17
    「道徳的心構えや心理的いたわりの名のもとに、政治を断念すること」
  • ☆驚愕の災害支援物資不正 - ハートを撃て! - 楽天ブログ(Blog)

    【国境を越えて助け合わなくちゃ】からの続き。 ミャンマー軍事政権は、各国から送られて来た災害援助物資を不正に流用している。 先日、こんな日記を掲載したが内情はもっとエグかった。 ☆救援物資山分け/ビルマの低気圧 /2008年05月11日 サイクロン被害と軍政に泣くビルマ、被災者は踏まれたり蹴られたりのダブル被害。 ミャンマー軍政の政治家や軍人たちは、サイクロン被災支援物資をバラして市場へ流したり、あろうことか被災者に有料販売しているのさ。被災地の村へ届けたられた物資を村長がパクるのは当たり前。無料で配布されたとしても、海外物資は質が良いので、国内保留の粗悪な軍事兵糧とすり替えて配布してるんだってさ。 【ビルマ情報ネットワーク】に寄せられた情報によると、日からの支援物資(タオル)が梱包のまま市場で売られている。まるでパキスタン軍政(自衛隊が空輸したアフガン支援物資の

    na23
    na23 2008/05/17
    救援物資を私物化。みっともない。
  • ☆イオンぼっちゃまの募金活動 - ハートを撃て! - 楽天ブログ(Blog)

    na23
    na23 2008/05/17
    ひどいね現金一千万…まあそのうち10万円ぐらいは被災者に渡ったかもね。お小遣いの残り。
  • DQNネーム(子供の名前@あー勘違い・子供がカワイソ)

    マタニティ・ハイ状態になっている貴方! 奇妙奇天烈・頓珍漢な名前を考えていませんか? 名前は他人に使っていただくものです。将来お子さんが悲しい思いをしないように、今ここで正気を取り戻しましょう!

    na23
    na23 2008/05/17
    おそらく一生無名人。
  • 被害者の呪い - 内田樹の研究室

    毎日新聞に三ヶ月に一度「水脈」というコラムを書いている。 いささか旧聞に属するが、そこに聖火リレーのことを書いた。 昨日の夕刊に出たので、もうブログに採録してもよろしいであろう。 こんな話。 オリンピックの聖火リレーをめぐる騒動を眺めていて、いささか気になってきた。何か「厭な感じ」がしたからである。何が厭なのか、それについて少し考えたいと思う。 熱い鉄板に手が触れたときに、私たちは跳びすさる。「手が今熱いものに触れており、このまま放置すると火傷するので、すみやか接点から手を離すことが必要である」というふうに合理的な推論してから行動するわけではない。たいていの場合、私たちはわが身に何が起きたのかを行動の後に知る。 聖火リレーにまつわる「厭な感じ」はそれに似ている。 だから、この論件については、誰の言い分が正しく、誰の言い分が誤っているというような「合理的」なことは申し上げられない。それは「

  • http://www.peaceseed.org/articles/zavtone_12_2.html

    na23
    na23 2008/05/17
    実にオサレな文体で…