彼は言う。彼女はなんとなし天井を見る。古い古い天井扇が回転している。あんなにゆっくりで空気の循環に寄与しているのかしらと見るたびに思う。日本ではあまり見ない。ことにこんなに古くてそのうち落ちてきそうなものは。彼女は彼を見る。彼はコーヒーをのむ。彼女もコーヒーをのむ。彼女は言う。いいね、それ。 そのようにして彼らは彼らの関係から錘を取りはらった。どんなに気楽に過ごしているつもりだってある程度親しくなれば規定の枠にはめろという他人の声が聞こえるようになる。同年代で独身同士で性別がちがうとなおさら。どうしてかなと彼女は思う。そんなのひとつもおもしろくないのに。私には恋人だったと思う人が何人かいるけれども、その人たちが同じ枠組みの同じ機能を持つ存在だなんて少しも思わない。そもそも名前をつけること自体が不承不承の、しかたのないもので、恋をしているから恋人なのだろうと思っただけで、恋というのはそれだけ