朝日新書より2月13日発売予定 私は明治あたりの小さな文化を調べている。そんな明治の文化の中に、簡易生活と呼ばれるものがある。簡易生活は明治から大正・昭和初期に書かれた小説やエッセイ、実用書や雑誌にしばしば登場する。私自身も初めは簡易な生活くらいの意味に捉えていたのだが、調べてみるとそれは思想でもあり、優れた生活法でもあった。 かつて簡易生活は、世間に知れ渡っていた。夏目漱石も簡易生活の実行者の一人で、殺到する訪問者に対処するため面会の日を木曜日と定めていた。芥川龍之介や坂口安吾の愛読者なら、何度か簡易生活という言葉と出合っているかもしれない。もちろん市井の人々も簡易生活を知っていた。地方に住む青年や、都会で働くお手伝いさん、様々な人が簡易生活者として生きていた。 簡易生活は小さな運動で、後には生活改善運動という組織ぐるみの活動に取り込まれていく。その過程で元々曖昧だった意味は薄れていき、