2014年8月4日のブックマーク (4件)

  • F-ZEROの続編はなぜでないのか?

    1990年に発売された『F‐ZERO』は、単なるレーシングゲーム以上の意味を持っていた。 まぁいきなり端的にいえば、「ローンチソフト」としての役割を持たされていたのだ。 スーパーファミコンではこんなことができる、こんなグラフィックでできる、こんなサウンドを出せる… レーシングゲームというジャンルにおいてこうした技術を示す重要な任務を与えられていたのが『F‐ZERO』だった。 アクションでは勿論、『スーパーマリオワールド』がこれを担当していた。 結果的にいえば『F‐ZERO』は「ローンチソフト」としての役割を十二分に果たしたと言えるだろう。 SFC、この新しいゲーム機でできることを象徴的にあらわしたのだ。 今改めて『F-ZERO』をプレイすると、ゲーム自体はシンプルであったと気付かされる。 しかし『F-ZERO』は、述べてきたような歴史的な意味を持っている。 すなわち、SFCという家庭用ゲー

    F-ZEROの続編はなぜでないのか?
    nanaoku
    nanaoku 2014/08/04
  • 47NEWS(よんななニュース)

    ニューヨークで示した核兵器廃絶への覚悟「アメリカで証言できれば世界を変えられる」 平均年齢85歳、核禁止条約会議で語った被爆者の言葉は日米の若者の心を揺り動かした

    47NEWS(よんななニュース)
    nanaoku
    nanaoku 2014/08/04
  • 「エヴァンゲリオン」と「越前竹人形」は似ている - 虚虚実実――ウルトラバイバル

    綾波レイ→ http://listen.jp/store/musicnews_27012_2.htm 「新世紀エヴァンゲリオン」は、ご存知のアニメ作品、「越前竹人形」は水上勉の小説です。悲しいお話であるのは両者共通に思えますが、深い深層においても共通性があるかと考えました。今回ブログではその点を追っていきたいと思います。 「越前竹人形」は、雪深い福井の山の中が舞台です。腕のよい竹細工の職人・氏家喜左衛門の息子・氏家喜助は、父に似て、身長が異様に低く(4尺あまり=130cm程度)、陰な容貌をしていましたが、竹細工の修行は父の元で怠りなくやっていました。その父が亡くなった際、墓参りにきた女性・・・折原玉枝のことが忘れられず、彼女を口説きに芦原温泉の遊郭に通います。 玉枝は病気持ちでした。でも喜助は彼女を福井の山奥に招き、共同生活を始めます。ついで、父の喜左衛門が作っていた「竹人形」も復活させ

    「エヴァンゲリオン」と「越前竹人形」は似ている - 虚虚実実――ウルトラバイバル
    nanaoku
    nanaoku 2014/08/04
  • It Mama | 新米ママの育児バイブル

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    nanaoku
    nanaoku 2014/08/04
    「子供に尊敬されなくなるからやめろ」で虐待や家庭内暴力が止まってるなら世の中こんなに悲惨じゃないよ