…というわけで、ネット断ちしてました。最近はトーマス・マンの『魔の山』とかアウグスティヌスの『告白』とか李漁の『十二楼』とか読んで、それぞれに面白かった。凡庸きわまりない言い方ですが、やはり古典とはすごいものです。たとえば、『魔の山』は第一次世界大戦でヨーロッパ世界が根本的に変わってしまう、その手前を描いたおとぎ話です。もし同じようなことを、いまの日本でやるとしたらどんな文学になるだろうと考えてしまう。 実際、ゼロ年代は、戦後日本が蓄えてきた社会的遺産がぼろぼろに潰えていく10年でした。「オタク・イズ・デッド」(岡田斗司夫)というのは、その象徴みたいなものです。僕は自分のことを明確に「ポスト戦後」の文芸批評家だと思っていますが、それはポスト戦後的な状態になる「前」がどんな社会だったのか、もうほとんどわからなくなっているということでもあります。純文学がどういうものだったのか、オタクがどうい