'; doc += ''; doc += ''; doc += ''; winimg.document.writeln(doc); winimg.document.close(); } //]]> 『欲望問題』を一読し、ある感慨を覚えた。自分が在日コリアンなので、いろいろ思い当たることがあったからだ。伏見憲明氏のことは、それほどよく知っていたわけではないが、なんとなく勝手な「仲間」意識があった。差別の問題を、単に社会問題としてだけではなくて、いわば「不遇」の感度でちゃんと考えている人という程度の理解だったが。 私もまた二十歳すぎから三十歳近くまで、民族問題(差別問題も込みで)でずいぶん悩んだ経験がある。いってみれば、これから自分の人生をというときに、変な怪物スフィンクスに出会って、この難問を解かないと先には進ませないと言われたようなものだった。「私とはいったい何者か」というのが第一の難問で