大阪市内で27日、自動車にはねられ、亡くなった漫談家のテントさん。(享年65)。その独特の才能にほれこみ、ファンを自認するイラストレーターのみうらじゅん氏(58)が、夕刊フジに追悼文を寄せた。 ◇ 初めてお目にかかったのはピン芸人になられた頃だから90年初頭だったと思う。その衝撃的な芸をたまたま関西で見てすぐファンになった。 どうにか東京でもやっていただけないだろうかと吉本の大崎(洋)さん(現吉本興業社長)に頼んで、まだ上京前のダウンタウンと確か原宿ラフォーレのステージに出てもらった。 関西のニューウェイヴなお笑いの輸入。僕はその頃、得意気にそんなことをしてました。テントさんは“人間パチンコ”や“手でやるクモの格闘”など、会場の誰も見たことがないオンリーワン芸で大爆笑を取った。 それ以来、直に、テントさんに電話していろんなイベントに来てもらったが、「分からん人は放っときますよ。義務教育やな
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