ブックマーク / reki.hatenablog.com (4)

  • マーガリンの歴史 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    驚くべき進化を遂げた「バターの代替品」の歩み マーガリンが植物性だということはご存じだと思います。 安いし植物性だからという理由でマーガリンを買う方もいるでしょうし、トランス脂肪酸が体に悪いと考えて意図的に避けている方もいると思います。 マーガリンは「バターの代替品」という出自もあって、長年酪農産業やバター産業からの攻撃や規制を受けてきたし、消費者からも疑惑の目を向けられてきました。 しかし絶え間ない技術革新と進化により、確実に消費者によって信頼され市場を形成してきた歴史があります。 1. マーガリンとは Photo by SpooSpa マーガリンとバターは見た目も味も似ていますがまったく異なります。 バターは乳脂肪を撹拌し固形化させたもの。一方マーガリンは植物性の油を練り合わせたもの。コーン油、大豆油、紅花油など味に合わせて様々な種類の油が用いられています。 乳製品っぽい味がしますが

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  • 大量の死者を出した世界史の爆発事件TOP10 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    千人万人単位の死者を出した記録的な爆発事件・事故 工場や船舶・航空機が大爆発を起こして炎上、犠牲者十数名といったニュースは、国内・海外問わず目にするニュースです。 火薬を入手して以降の人類の歴史は爆発事故の歴史でもあります。当然、戦争中の大爆発が多いのですが、火薬を保管する倉庫や、薬品を取り扱う工場、輸送中の列車が爆発するといった事件・事故も数多く起こりました。 今回は千人・万人単位の死者を出した世界史の爆発事件・事故をまとめていきます。 なお、広島・長崎の原爆については、カウント外としました。 10位:アントワープ包囲戦 1585年(オランダ) オランダ兵の攻撃で約800人のスペイン兵が死亡 ネーデルラント17州がスペインから独立を果たした八十年戦争(オランダ独立戦争)の戦いの一つであるアントワープ包囲戦で爆発攻撃が実施されました。 1585年4月4日、アントワープを包囲しようとするスペ

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  • 寿司の歴史 in アメリカ - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    アメリカで寿司はどのように受容されていったか 海外旅行に行くと、大都市はおろか小都市でも簡単に寿司レストランが見つかります。好奇心で行ったことある方もいらっしゃるかもしれません。味は、まあ、ピンキリでしょう。 アメリカでも小さなほうの町のスーパーでも寿司が売っていて、その浸透ぶりが伺えます。しかし必ずしも日の伝統方式とは限らず、カリフォルニアロールだったりキャタピラーロールだったり、独自のローカライズがなされていて、「江戸前鮨至上主義」の人は怒り出すかもしれません。今回はアメリカでいかに寿司が紹介され、受容されたかをまとめていきます。 1. 日系人が持ち込んだ寿司 アメリカに寿司が初めて上陸した月日は明確に分かっていませんが、1900年代前半には日系移民によって西海岸に持ち込まれていたと考えられています。 初めて寿司をべたアメリカ人の記録は、1904年8月18日、ロサンゼルス・ヘラルド

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  • 【太平洋戦争】ポツダム宣言受諾後も降伏しなかった日本兵 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    太平洋戦争が終結した後もジャングルに残った残留日兵 残留日兵と聞いて、パッと思い浮かべるのはおそらく、28年間グアムに居残った横井庄一さんと、29年間フィリピン・ルバング島に居残った小野田寛郎さんではないでしょうか。 敗戦の報を聞いて、大部分の人は悔しく思うと同時に「やっと国に帰れるぞ」と思ったはずなのですが、横井庄一さんの「恥ずかしながら帰ってまいりました」という印象深い言葉が示すように、当時の軍人には敗けてノコノコ帰るくらいなら死んだ方がマシというメンタリティを持っていた人が少なくありませんでした。横井さんや小野田さん以外にも大勢、居残って戦う道を選んだ日軍人がいました。 ほんの一部ではありますが、あまり名の知られていない残留日軍人をピックアップしていきます。 1. 大場栄 「あまり知られてない」と言っておいて、のっけから有名な方を紹介してしまいます。すいません。 大場栄さんの

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