ブックマーク / blog.szk.cc (6)

  • 続・社会学は何をしているのか

    以前のエントリで触れたように、社会学という学問は往々にして誤解にさらされるものだ、と、当の社会学者自身が思っている。社会学が他の学問より誤解を受けているという証拠はないけれど、少なくとも研究対象になるものが、専門家以外でも触れることのできる、多くの人が経験したことのある出来事だからこそ「社会学者の見方は間違っている」と非難されることが多くなるのは確かだろう。その非難は、学術を専門としない当事者だけでなく、同じ対象を扱っている他分野の研究者からなされることもある。 たとえば昨年開催された日社会学会におけるシンポジウム「社会学への冷笑と羨望――隣接分野からのまなざし」は、そのような他分野からの視点を学会的に取り入れようという意欲的な試みで、僕自身は参加しなかったのだけれど、とても刺激的なやりとりがあったようだ。学会員向けのニュースレターによると、環境経済学の専門家から指摘されたのは、環境問題

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    onionskin 2021/02/01
  • 選択肢を理解する――経産省、若手・次官プロジェクト資料について

    5月20日に公開された、経産省の「次官・若手プロジェクト」なるチームがまとめた「不安な個人、立ちすくむ国家 ~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」という資料が話題だ。最初にウェブで見かけた反応は好意的なものだったが、次第に反論・批判・不満が噴出するようになっている。そのうち、「言い古されたことばかり」「パワーポイントがインチキ臭い」といった具体的でない批判を除くと、その中でも興味深かったのは以下の議論だろうか。 経産省「次官・若手ペーパー」に対する元同僚からの応答 – HIROKIM BLOG / 望月優大の日記 「時代遅れのエリートが作ったゴミ」発言者に訊く!若手経産官僚のペーパーに感じた違和感とは。 | 一般社団法人ユースデモクラシー推進機構 経産省「次官・若手ペーパー」に対するある一つの「擬似的な批判」をめぐって – HIROKIM BLOG / 望月優大の日記 一連の流れのよ

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    onionskin 2017/05/24
  • それでも正義の味方は勝つ

    最近、正義の味方と悪の組織を対比させた議論を目にすることが多くなった。元ネタは例の画像だろうけど、大まじめに組織論として語る記事なんかもあって、これはこれで面白かったりする。僕もそもそもあの持ち上げ方にはちょっと疑問なところもあったので、試みに正義の味方よりで理屈を並べてみる。 組織の体制 言うまでもなく、悪の組織には親玉がいて、彼を頂点とする上意下達の組織系統が存在する。それに対して正義の味方は、ときにケンカしたりすれ違ったりすることがあっても、最終的にはチームとして行動する。メンバーにはそれぞれ役割があり、互いの能力を補完しあいながら戦うのである。 目標 悪の組織の目標は「世界征服」だが、それはトップと一握りの幹部に共有されているにすぎない。下っ端の戦闘員は全体的な目標に限定的にしか関与を許されず、ときに特攻同然の戦いを強いられる。それに対して正義の味方は、「正義のため」という抽象的な

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    onionskin 2014/04/15
  • リアル空間を付加価値化する

    前のエントリの続きなんだけど、日時的には放送文化研究所シンポジウムの一週間前に行われた日マーケティング協会のセミナー「『ソーシャルエコノミー』の時代」も楽しかった。事前打ち合わせでは盛り上がりすぎて、喉も枯れてたのに2時間くらい喋り倒したり。セミナーそのものは、ソーシャルメディアでの活発なコミュニケーションをどう企業・ブランドへのロイヤリティにつなげるかみたいな話で、まあそれはそれでいいのだけど、個人的には「場所貸し」の発想でいった方がいいんじゃない?という話をしていたのだった。 ソーシャルメディアとは何か、みたいな話にはなかなか答えられないのだけど、マーケティングの文脈で考えるなら、それは付加価値化のための手段ということになると思う。つまり、ソーシャルメディア上のコミュニケーションで、対象となる商品を付加価値化するということで、いわば販促目的の利用ということになる 別のところでも論じた

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    onionskin 2013/08/09
  • 「うちらの世界」論の系譜

    どうも夏になるとツイッターで不用意なことを書く人が増えるのか、ネット憲兵のみなさまが活動しやすくなるのか、この夏はバイト先で不適切な行為に及んだ若者の問題がブームになっている。その数が増えたように見えるのは単に注目を集めているからで、いつぞやの飲酒・喫煙告白が目立ってたときと同じだと思うけど、じゃあどうしてそんなことを書いてしまうのかという点についても、あまり話に進展はないように思える。 彼らの社会は「うちら」で完結する。「うちら」の外側はよくわかんないものである。よくわかんないものが干渉してくれば反発する。そして主観的には彼らは「なにも悪いことはしていない」。彼らにとって「悪いこと」とは明確な脱法行為のみである。あるいは「うちら」の結束を乱す行為だ。なにか、よくないことをしでかして、叱られたとする。しかし罰せられない。それは許されているということだ。明確な処罰が下されない限りは許されてい

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    onionskin 2013/08/09
  • ニュースとしての行動履歴――mixiとfacebook « SOUL for SALE

    最近、ぼんやりとfacebookを眺める機会が増えた。特に何かを発信するわけでもなくて、何かを書くときも英語で、と決めているので、基的には見ているだけ。しかも流れてくる情報にもあまり興味を持てない(他のサービスだってそうだけど)ので、ほんとにただの「読み流し」。でも、しばらくそうやって読み流しているうちに、facebookのインターフェイスが想定しているのは、そうした「読み流し」なのではないかという気がしてきた。 少し遠回りして説明しよう。人がウェブサービスを利用する大きな動機は「反応が返ってくること」だと言われている。言いたいことを言いっぱなしに言えるからではなくて、自分のアクションに対して何かリアクションが返ってくると、それにさらにリアクションをしたくなってしまう、というわけだ。もちろんそれはポジティブなリアクションばかりとは限らない。けどネガティブなリアクションの連鎖も「2ちゃんね

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    onionskin 2012/01/17
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