ブックマーク / furukawablog.spaces.live.com (2)

  • 私の知っているビルゲイツ、その12 - Windows Live

    ビルゲイツ、自分の限界を知りプログラムを書かなくなったわけ 注:今日のブログは、フォント指定を外してみました。文字が大きすぎると思われる方は「表示(V)文字サイズ(V)」もしくは他のブラウザのフォントサイズ指定で好みの大きさに変更してご笑覧頂ければ幸いです。フォントサイズ変更後に改行位置や行間スペースがおかしい時には、当該ページの「更新」表示(V)最新の情報に更新(R)もしくはF5キーを押す(IE以外のブラウザの方は同様の当該ページ再ロード機能を選ぶ)と正しく表示されることがあります。 1970年代の後半から1980年代の初頭においては、㈱アスキーがマイクロソフトの代理店として活動していた時代がありました。その頃は西和彦さんが次々と日の会社へのアプローチを実現し、多くの日人プログラマが日だけではなく、アメリカに長期滞在して日向けのBASIC言語その他の移植作業をしていました。198

    oooooooo
    oooooooo 2010/02/21
    毎日昼ごろシアトル空港に出かけて東京行きのフライトに乗り込む見ず知らずの日本人観光客に「成田に着いたらこの封筒をポストに投函してもらえますか?」
  • 古川 享 ブログ: 大浦博久氏のマイクロソフト退社と昨今のマイクロソフト事情

    You are about to permanently delete this entry. When you delete an entry, you also delete any comments and trackbacks associated with it. This action cannot be undone. Delete|Cancel マイクロソフトに20年以上在籍した大浦博久(Patrick大浦、パック)氏がマイクロソフトを退社しその壮行会が10月2日(月)に六木の某所で開催され、それに参加してきました。 というより、そのパーティに合わせて私は帰国スケジュールを調整したのが事実なのであります。 ...パソコン業界の一部では、知らない人は居ないという大浦さんなのだけど、彼の退社を機会に...マイクロソフトの現在を支えてきた志士たちにはこんな人も居たののだというこ

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    oooooooo 2006/10/05
    前半、古きよき時代の大浦博久氏の賞賛、後半、現在の世間一般が見る悪い MS になってしまったことの紹介
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