いつになく年の瀬の空気を感じられなかったのは、おそらく主夫になって子育てを始めたから。これまでの年末年始は、帰省すれば「おもてなし」してくれる母のおかげで年の瀬感をだらだらと享受できたし、母の死後も地元の友人と忘年会をすればなんとなく引き締まったものだった。 妻と出会ってからというもの、年越しは常に一緒にいるが、最初の年は大森靖子のカウントダウンライブに行くことで初めて東京で年越しを経験したし、2017年の年の瀬は、翌年子供が生まれる予定だったこともあって、「これまで/これから」をいつも以上に意識する区切りとなっていた。 しかし、いざ子育てが始まってみると、そんなふうに年が改まることに思いを馳せている余裕がない。寝正月をしようなんて思っても子供はいつもと同じようにミルクを欲しがり、出すものを出すから対応する。風呂に入れるし、寝かしつけもする。時間という観念に頼らなければ生きられない俺とは違