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2015年12月14日のブックマーク (8件)

  • 鯨骨生物群集 他人 - 傘をひらいて、空を

    久しぶりに「恋愛」をしたという彼女の話を聞いて私はできるだけ薄汚く笑った。よく飽きないねえ。私の下卑た口調を期待していたにちがいない、冷ややかな目が私を見下ろした。私たちはL字型に席をとり、うつくしい庭に面した、たぶんこのお店ではいちばんいい席にいる。そこで見せる動作が「座っている者同士なのに見下ろす」。たいしたものだと私は思う。こういう女には物理的な高さなんか要らないのだ。うんと小さいうちから心をぺしゃんこに潰されて、ふくらもうとしては潰されて潰されて、その上に半ば人工的に大人の人格を築いて、だからどのような感情の底にも怒りが隠れているような女。いちおう友人という位置にある私の目には手のつけられない幼稚さと凶暴さがあからさまに見えるんだけれど、男たちには少しもわからないらしい。 飽きるからやめるのよと彼女は言う。私、飽きっぽいの。ひとりに飽きるという話じゃないと私はこたえる。恋愛なんてあ

    鯨骨生物群集 他人 - 傘をひらいて、空を
  • 鯨骨生物群集 次女 - 傘をひらいて、空を

    十五のとき、作りたての高校の制服のスカートが短いのを父親に嘲笑され、めくられたいのかと言われて、実際にめくられた。下には常時短くしたジャージをつけていた。短いスカートを履いて帰宅したら晩酌を始めた父親に呼ばれてめくられることを、私はたぶん知っていたのだと思う。私はそれを予測していた。不細工が色気づいて気持ち悪いと嘲笑しながらのスカートめくり。そういう家庭だった。父親が酒のつまみに家族全員を、とくに私を罵倒したり何か芸をさせる(「私はバカです」と鏡に向かって言わせ続ける、とか)のが当たり前みたいになっていた。 高校は楽しかった。に書いてあるような正しさが、おおむね正しいとされていた。誰も私を罵倒しなかったし、友だちまでできた。私はびっくりして、小説みたい、と思った。の中、そこと似た高校。それから家。二つの異なる世界の間でぼんやりしていると、ある日父親が、給仕をしていた私の受けこたえに腹を

    鯨骨生物群集 次女 - 傘をひらいて、空を
  • 鯨骨生物群集 母親 - 傘をひらいて、空を

    ええ、はい、どうもその節は、主人もお会いできてよかったと申しておりました。あら、そんな、どうぞお気遣いなく、そうですか、ではそのように主人に伝えます。 子どもたちですか。今は長女の子の面倒を見るのがね、楽しいやら大変やらで、ええ、孫育てっていうんですか、その真っ最中ですねえ。ふたりですし、パートから帰ったら長女が面倒見てますから、自分が四人育てたときに比べたらラクなはずなんですけど、いやですね年とるって、朝家族を送り出してパートに出て帰ってからも動きっぱなしのまま晩ごはん作るのが当たり前だったんですけど、もう腰にきちゃって。 え?年子なのは孫です孫、ええ長女の子です、いえ同居してるのは長男です、ええ、長女の家は自転車の距離なんですよ、長女の旦那さまが、自分の実家は地方だから東京で住むところは実家の近くにしていいって、そう言ったんですって、最近の男の人は理解があるんですねえ(長女は夜泣きのひ

    鯨骨生物群集 母親 - 傘をひらいて、空を
  • 鯨骨生物群集 長男 - 傘をひらいて、空を

    べつに何も考えてなかった。考えてなくても、暗黙の了解、みたいなものはよくわかってた。子どものころから空気は読めるほうで、間違ったら長姉がちゃんと教えてくれて、だから中学でも高校でも、それなりに過ごした。それなりにというのはつまり、目立つ連中よりは格下だけど最下層じゃない、とか、いじめの対象にはならない、かつ、明確にいじめる側でもない、とか、そういうこと。 空気を読んで最下層に落ちないようにふるまう。考える前にそれが身についていたのは、次姉みたいにはなりたくないと、物心ついたころから思っていたからだろう。うつむいて長姉の後ろに隠れていて、ときどき口を利いたと思ったら叱咤され、台所にこもって、しょっちゅう父親の罵倒の対象になる、陰気なやつ。まあ罵倒は家族全員がされてたけど、レベルが段違いだった。だから僕は空気が読める。その場で偉いのは誰か、そいつらの「スイッチ」は何か、そして、誰が最下層にいる

    鯨骨生物群集 長男 - 傘をひらいて、空を
  • 鯨骨生物群集 三女 - 傘をひらいて、空を

    ちぇりぃちゃん、卒業式はいつう?尋ねられて無愛想にこたえる。ここ三年ほど「チェリーちゃん」という、父親しか使わないあだ名が心底いやになり、ほぼ無表情で回答している。今日は土曜日、年に一度ばかりあることだけれど、部下を連れてきて私たち姉妹に酌をさせている。そういうときの父は泥酔して暴言を吐いたりはしない。ただ、ひたすら、うざい。部下とやらもまとめて全員、死ぬほど、うざい。部活を理由に留守にしようとしたら上の姉から「負荷分散を考えなさい」と叱られてやむなく同席している。 この娘、最近あんまりかまってくれないんだよねえ。父が言うと、部下とやらがにやにや笑いながら私をじろじろ見る。こんなかーわいい子、いてくれるだけで最高じゃないすか、ねえお嬢ちゃん、お父さん大好きだよねー。高校を出てフリーターをしている長姉は最初に全員に挨拶して、あとはいちばん若い部下と話しこみ、高校二年生の次姉は台所で凝った料理

    鯨骨生物群集 三女 - 傘をひらいて、空を
  • 伝聞と嘘とほんとうの配合 - 傘をひらいて、空を

    サヤカあんたさあ、嘘つくじゃん、ブログで。うん、ついてる、というか、嘘つきますって宣言して書いてるから、一般的には、嘘をつくというよりフィクションを書いてるというんじゃないかな。純粋にフィクションでもないじゃん、たまに、ほとんどそのまんまのもあるし、立場を入れ替えたり視点を変えたりしてるのもあるし、たとえば、ほらこの前さあ、昔のあたしのこと出したでしょ、三年くらい前だっけ、書いていい?って言うから、いいよお、って言ったやつ、あれっきりすっかり忘れてたわ、あれなんかさ、書かれてることはぜんぶ事実で、でもあたしにとってはいちばん肝心なことが書かれてないわけでしょ。 私は、書く時期は、あんまりコントロールできない、とりあえず、友だちとかが何か話をして、それがその人にとってなにかしらの意味のありそうな話で、いつか書きたくなりそうなものだったら、許可は取っておく、そのまんま書かないこともある、すぐ書

    伝聞と嘘とほんとうの配合 - 傘をひらいて、空を
  • 鯨骨生物群集 長女 - 傘をひらいて、空を

    きょうだいのいちばん上というのは損なものだといつも思っていた。四人もいるからいちばん上の私の責任は重い。妹がふたりいて、上の子はぼおっとしているかと思えば急にわけのわからないことを言い出して親を怒らせる。見た目がひどいから余計に腹立たしい。見栄えに恵まれなければおとなしくして人の役にたつことをしていればいい。そういうことは母がそれとなく示唆してくれた。とはいえ母の言うことは抽象的な愚痴に過ぎなくて、具体化するのはすべて私の仕事だった。 上の妹には小さいころからよく言って聞かせたし褒めたりもしてやったから家事はよくやる。もちろん私も下の妹もローテーションでお皿を洗うし掃除もするけれど、麺類なんかの簡単な土曜日の昼を作るのは小学校高学年の時分から上の妹だし、後の林檎を剝くのも鍋の焦げを剥がして磨きあげるのも上の妹の仕事だ。私には家中を見張る仕事があるし下の妹には下の妹の役割がある。 父はほ

    鯨骨生物群集 長女 - 傘をひらいて、空を
  • おなかじゃんけん - 傘をひらいて、空を

    そういえば弟さんって今なにしてるんだっけ。何気なく訊いたら、彼女はわずかに眉をこわばらせて、それからほほえみ、働いてる、たぶん、とこたえた。たぶん? この五年近く、ほとんど話をしていないの。彼女はそう続けて私を困惑させる。五年前なら、彼女は二十七歳だ。きょうだいでけんかする年齢でもない。でもしたの、と彼女は言った。弟とけんかしたの、そして弟はもう私を許さない。 五年前、彼女の弟は二十三で、二浪して入った大学をやめたところだった。両親は途方に暮れて、すでに長く家を離れて暮らしていた彼女を呼んだ。長女、次女、三女、長男という構成のきょうだいで、弟は小さいころから長姉である彼女になついていた。 彼女の弟は両親の期待にそえないことを気に病むあまり、かえって両親の望む方向に注力することができない。彼女にはそのことがよくわかっていた。彼女の弟は勉強が好きな子どもではなかった。けれども両親は弟の大学進学

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