ブックマーク / mag.japaaan.com (3)

  • 国際連盟脱退も、実は日本は「孤立」していなかった!?松岡洋右「堂々退場」の本当の理由とは : Japaaan

    なぜ日は「除名」「経済制裁」を受けなかったのか? 戦前の日史について「なぜ日はあの戦争を避けられなかったのか」というテーマで調べていると、満州国の建国を国際連盟が認めなかった、という話が必ず出てきます。 関東軍が「暴走」して作ってしまった満州国。これが侵略と言えるかどうかが当時の国際連盟で議論され、その結果、連盟は満州国での中国の主権を認めて日を非難する「非難勧告」を決議しました。 歴史の教科書では、この「非難勧告」を受けて頭に来た日全権団が、席を立ち椅子を蹴って、「国際連盟から脱退する!」と宣言してその場を後にした……みたいなニュアンスのことが書かれています。 しかしそれが当なら日は国際連盟から脱退して、国際社会で孤立して、西欧諸国と対立していたはずです。それなのにその後、経済制裁も何も受けていません。この時当は一体何があったのでしょうか? 日と国際社会の関係は、悪化し

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  • 鎌倉幕府滅亡のとき、なんと65回もの突撃を繰り返す激戦だった : Japaaan

    新田義貞らによる鎌倉攻めは大きく三方面(極楽寺坂、化粧坂、巨福呂坂)から行われたと伝わりますが、今回はその一方面である巨福呂坂の戦いを紹介したいと思います。 死闘六十五回!赤橋守時の奮戦 巨福呂坂(現:鎌倉市山ノ内)を守る幕府側の大将は、得宗・北条氏の一門である執権・赤橋相模守守時(あかはし さがみのかみ もりとき)。 来なら、こんな最前線に出るべき身分ではないのですが、去る5月に妹婿である足利高氏(後の尊氏)が幕府に叛旗を翻したせいで肩身が狭くなり、その疑いを晴らすため、決死の覚悟で臨んだと言われます。 果たして5月18日、攻め込んで来た新田軍の部将・堀口三郎貞満と大島讃岐守守之を相手に激戦を繰り広げ、『太平記』では一昼夜の間に65回もの突撃を敢行したと伝えています。いくら後がないとは言え、その激しい戦いぶりは、追い詰められた幕府軍の悲壮感、そして守時の凄絶な執念が伝わって来るようです

    鎌倉幕府滅亡のとき、なんと65回もの突撃を繰り返す激戦だった : Japaaan
  • これは使えるぞーーっ!浮世絵に描かれた26種の動物がベクター素材になって無料ダウンロード公開 | アート 日本画・浮世絵 - Japaaan

    colissさんでとってもステキな素材集が紹介されていました。江戸時代の浮世絵に描かれた多種な動物たちがSVGのベクター素材になって無料ダウンロード公開されているんです。 これはいいですね!日画や浮世絵の作品がベクター素材になって提供されていることはなかなかないので嬉しい。浮世絵のテイストがそのまま生きたデザイン素材。象や麒麟はまさに当時の流行のタッチ。 しかも素材は商用利用でも無料。改変して使用可能。ベクター素材なので色を変えたりパスを変更したりすることができます。 このデータの元の作品は歌川芳虎(うたがわよしとら)の「新板けだもの尽」で、タイトルの通りに様々な動物が描かれた、江戸時代のいわゆる「おもちゃ絵」と言われるものです。 国立国会図書館デジタルコレクションより 書誌ID 023907912 歌川芳虎というと十二支をミックスした「家内安全ヲ守十二支之図」が人気。

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