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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (9)

  • 私の空想上の皮膚のいくつかの場所 - 傘をひらいて、空を

    移動中、三年会っていない友だちからメールが入って、携帯情報端末ってほんとうにすばらしいなと思う。彼女はずっと家にいて、一人で出てきて私と話す、あるいは子を連れてきて話すといったことはない。事前に約束することはない。何かの用事で一時間なり二時間なり彼女が外出する時間ができて、ほかに会う人がないとき、当日に連絡が来る。十年とすこし前、結婚の直前からそんなふうで、そのころから累計で三度会った。 彼女が家を出ないのはなぜだか私は知らない。子どもはひとりで、いま小学生だ。子を連れてくることも、私やほかの友人は歓迎する。彼女のほかに子の親がないのではない。結婚相手がいる。けれども彼女は家から出ない。だから出ない、のかもしれない。私は訊かないし、彼女は話さない。彼女が一度、私やほかの友人たちとの旅行にあわせて家族旅行を企画してくれたことがある。彼女たち三人の家族で取った部屋から二時間だけ私たちの部屋に来

    私の空想上の皮膚のいくつかの場所 - 傘をひらいて、空を
    ostd
    ostd 2015/02/10
  • 透明な要求を捨てる - 傘をひらいて、空を

    癒されるねえ、と彼は言う。なにそれと彼女は訊く。なにって、つまり己の身の裡の回復が亢進し快いですね、という意味です。彼はそのように説明し彼女はからだの半分で寝返って皮膚でもって壁の温度を吸う。視界を走査する。たっぷり泳いだあとのシャワーの水分の空気に溶けたのと、半分ずつあけたビールの缶と、さっきまでのうたた寝の気配と、そのほかのなにも見あたらない。視線を内側に向ける。ちいさい刺をみつける。その輪郭を描写する。 癒した覚えゼロだし、私なんにもしてあげてないし、だいいち癒しとかそういうの、嫌いなんだけど。だけど、と彼はその語尾を引きとる。だけど俺はそれを口にしたので、それであなたは。それで私は、不可解でやや不快、だと思う。不快になることない、と彼はねむたくて気持ちいい声のままで言う。だってあなたの嫌いな癒しは俺の言ったこととはなんの関係もないんだ。 癒すなんて下賎な言い回しだよ、まったくのとこ

    透明な要求を捨てる - 傘をひらいて、空を
    ostd
    ostd 2015/01/19
  • 薄暗い偶像 - 傘をひらいて、空を

    なんとなく会いたくなくって、それらしい人物がいないと少しほっとした。そのくせ今から来やしないかと淡く期待した。何年かに一度その会合に参加するたび、彼女は同じ心持ちになった。反芻、と思った。その人はいつも、いなかった。その人の今の顔だって知らないのだと、彼女は思った。だから、この場にいたってわからないのだろうけれども、確信がないまま、遠くから見たいような気がした。 十一月の二番目の土曜日の二十時からと、年に一度の日付だけが決まっている非公式のOB会だった。彼女は平均すると三年に一度くらい、それに出ていた。予定が合うと出る、というのは嘘で、気分が乗ると行く。そうそう、去年ここで会ったんですけど。在学中に仲が良かった後輩のマキノと話していると不意に、彼女の会いたくないような待っているような人の名が口にされる。彼女はあいまいに笑う。マキノは彼女の顔を覗きこむ。なんですか、へんな顔して。もしかしてな

    薄暗い偶像 - 傘をひらいて、空を
  • かぐや姫は帰らない - 傘をひらいて、空を

    それでどうするのと、結果をほとんどわかっていながら訊く。彼女はあははと笑う。少しも悩んでなんかいなくて、どちらかというとちょっと苛ついている、そういう気配のはりついた、笑い。私はそのこだまとしてあんまり意味のない笑いを笑い、その残響が消えるまで、半開きの口で待つ。私はそういうばかな犬みたいな役割がすごくよく似合うし、そのことをけっこう誇りに思っている。重要ではなく、危険ではなく、半ば空洞のような、よくはずむ会話のための少し気の利いた壁みたいなもの。そういう役回りが必要な場面はけっこうあって、誰も自分がやりたいとは思わないんだろうけれど、やっている側の私にしてみればかなりお得で、やたらと人の話が聞ける。私は人の話を聞くのが好きだ。 メールの返信しないんだから悟ってくれないかなあと彼女は言う。今度の人は何がいけなかったのと私は尋ねる。それを受けて彼女は、何度か事をした相手がいかに唐突な意思表

    かぐや姫は帰らない - 傘をひらいて、空を
    ostd
    ostd 2014/10/17
    “あなたは、ほんとうは、誰かと真剣につきあいたくなんかなくって、だから相手もいいかげんなほうが都合がよくて、飽きて切ったら自分が悪者みたいに見えるまじめな相手ではいけなくて”
  • あなたの百の繰りかえし - 傘をひらいて、空を

    マキノって電話かけるとだいたい出るよね、暇なの。うん暇なの、それで日はどのような話題で私の暇をつぶしてくださるのかしら。待て、その言かただと気の毒な暇人のマキノが王さまで俺がお抱えピエロみたいな感じするからやめろ。 新しい彼女の話かな。そう新しい彼女の話、つきあってみたら、めんどくさかった、愛を確認しちゃう系。彼女、若いもんねえ、若い人って半分くらいは情緒不安定じゃん、外見はつるんとしてても、一皮むくとどろどろだったりする、あれってなんだろうね、ホルモンバランスとかかな、あと成育過程で積み残した課題が利子つけて戻ってくるのがおおむね二十代半ばだからという気もする、まあとにかく、税金だと思いなよ、若い彼女税。税金かあ。若くってかわいくってあなたにぞっこんなんだから高い税金じゃないよ、おじさんに訪れた最後のチャンスかもよ、がんばれ。他人事だなあ。他人事以外のなにものでもないよ。 何度いっても

    あなたの百の繰りかえし - 傘をひらいて、空を
    ostd
    ostd 2014/10/17
    “私が話を聞くのは、私がその人になんらかの愛情を持っていて話を聞くことそのものが目的になるときだけ、だから、相手に変われと思うことはない”
  • 分母を大きくする - 傘をひらいて、空を

    すこし足を伸ばして深夜営業のスーパーマーケットに寄るのが面倒だった。頭のなかにアスパラガスとトマトとバターと白身魚の姿がよぎる。面倒だったから無視して買い置きのレトルトカレーで済ませる。シャワーを浴びていてシャンプーとコンディショナー、石鹸が二種類、シャワージェルが二種類、アロマオイルの小瓶が四つ、ちまちま並んだ籠に足を引っかける。舌打ちをする。バスタオルを洗うのが面倒でハンドタオルを適当に使う。髪をがしゃがしゃかきまわす。布団にもぐりこむ。クーラーの温度を適切に設定していないことに気づくけれども腕を動かすのがいやだ。暑いとか寒いとかいちいちモニタリングして調整してやるなんて、そんな面倒なことはしたくなかった。 彼女はそのように話す。私はそれを聞く。そういうことは私にもあるよと言う。それから付けくわえる。クーラーをがんがんにつけたまま寝たら風邪をひく、風邪をひいたらとっても不便だ、温度だけ

    分母を大きくする - 傘をひらいて、空を
    ostd
    ostd 2014/10/17
    “自分が自分のいいものではなくて、もてなしてやるかわいいものではなくて、なんだかそこにあって邪魔な影のようなものでしかないとき。”
  • オツベルを捨てる - 傘をひらいて、空を

    私はみんなを見渡す。みんなこぎれいな格好をして適度に酔ってほぐれ適切な範囲で高揚した声をあげている。適応、と私は思う。私たちはバランスのとれた大人でどこも破綻していない。同じように集まって楽しんでいても学生時代ならそれぞれのほころびがちらりちらりと見えていた。いちばん安定している人を選んだとしても両手をまっすぐ伸ばして丸太の橋を渡っているような危うさがあった。若いというのはそういうことで、だからあのころ仲間のように思っていた人のいくらかとはおそらく死ぬまで会うことがない。 私の斜め前の席で話している彼女の顔にもほころびはなかった。彼女はかつて彼女の母に肯定を供給する機械のように暮らし、その一環として稼ぎの半分を家に入れ家事労働を負担していた。私たちがどんなに言っても聞かなかったのにある日突然母と母の溺愛する兄を置いて彼女は家を出て、それから一度も戻っていない。そのことを私は確認する。彼女は

    オツベルを捨てる - 傘をひらいて、空を
    ostd
    ostd 2014/10/17
    “私たちはバランスのとれた大人でどこも破綻していない。同じように集まって楽しんでいても学生時代ならそれぞれのほころびがちらりちらりと見えていた。”
  • 他人の偽善の遇しかた - 傘をひらいて、空を

    私はちいさく手を振る。彼女はタブレットに目を落としてほほえんでいる。私に気づかない。私はそっと彼女の横にまわる。突然目の前に顔を出して驚かせようとすると彼女は片眉を上げて私を見、子どもか、と冷たく言う。それからにっこりと笑う。くっきりと刻まれるきれいな笑い皺、骨のかたちの透けて見える長い指、そこにつけられたいくつもの派手な色の石、よくデザインされたいかにも高価な衣類。私も笑う。そうして尋ねる。なに見てたの、うれしそうだった。講演の感想だよと彼女はこたえる。 彼女はいわゆる社会起業家だ。この数年で少し有名になったようで、そうしたことに関心のある企業や学校で講演などもしているということだった。感想は良い、と彼女は言う。学校行事を切り抜けたい子どもが通り一遍のせりふで講演者を褒めそやしている文章。講演から連想された自分の体験を綴り、もはや感想ではない文章。ときに激烈な批判。そういうものをひっくる

    他人の偽善の遇しかた - 傘をひらいて、空を
  • 卑しさを弁別する - 傘をひらいて、空を

    久しぶりに連絡があったので彼女の好きなビストロを予約しようとしたらそれはいいと言う。どうしてと訊くと節約したいというのでうちに来てもらった。身なりはあいかわらず華やかだ。手土産持ってきたら節約にならないからねと言ったのに、有名な果物屋のおそろしくきれいな梨を持ってきてくれた。いくらなんでも手ぶらで人の家に行くほどの節約は要らないと彼女はこたえて、笑った。私も笑って、それから彼女が十年前から住居の購入を考えていたことを思い出して口をひらく。もしかして、いよいよマンションの頭金がたまったの。いいえ、それどころか頭金のための預金、解約しちゃった。 私は彼女を見る。他人のお金の使い途を質問するのは品のないことだ。けれども彼女のようすは多少下品になってもいいと思わせるくらい好奇心をそそった。浮き足立って、そのくせどこかしら醒めている。同じ独身の中年でも野放図に年を取ってへらへらしている私とはちがう、

    卑しさを弁別する - 傘をひらいて、空を
    ostd
    ostd 2014/10/16
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