明治初期の太政官指令で「本邦と関係がないものと心得よ」と記載された「竹島外(ほか)一島」について、当時「竹島」とも「松島」とも呼ばれた「鬱陵島(ウルルンド)」を指すとの調査結果を、島根県竹島問題研究顧問の藤井賢二氏がまとめた。2月に韓国の学術団体から指摘された東京都立大付属図書館所蔵の資料を精査し、竹島(島根県隠岐の島町、韓国名独島(トクト))の領有権を巡る韓国側の根拠とはなり得ないと結論づけた。 「竹島外一島は本邦と関係がない」との記載があるのは、後の内閣に当たる太政官による1877年3月の指令。政府方針に基づく自治体の土地調査の過程で、島根県が76年に県西部の地籍に当時「竹島」と呼ばれた鬱陵島を入れるべきかどうか、内務卿の大久保利通に宛てて文書で問い合わせたことを受け、同県に対して出された。 韓国の学術団体は今年2月、竹島領有を主張する根拠資料の補強材料として、この太政官指令の内容が、