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2021年10月29日のブックマーク (6件)

  • 【寄稿】台湾有事に備え米はアジアに集中を

    ――筆者のエルブリッジ・コルビー氏は、米国が他の大国と競争する上で必要な外交・軍事・経済戦略を考案するマラソン・イニシアチブの代表。2017~18年に米国防次官補代理(戦略・戦力開発担当)を務めた

    【寄稿】台湾有事に備え米はアジアに集中を
  • はてなブックマークに魂を殺された人間の記録

    マリみてのおねえさまみたいになんとか薔薇って訳せるIDの人いるやん? 今では自称ミサンドリストのタタリ神と化してるけどその人の最初の頃のコメントが穏やかすぎて悲しい気持ちになった。 最初穏やかな投稿をしていてもまるで相手をされず、ちょっと頭のおかしなコメントしたほうがいいねされたりお気に入りしてもらえるから だんだんと壊れていったのがわかる。 はてなと言う空間が一人の人間の魂を壊してしまった記録になっている。 今この人は統一教会はヤバい、オタクは統一教会に取り込まれているという陰謀論がお気に入りのようだが 自分がはてなに取り込まれて壊されたということに気づいていない。 喜劇である。 われはメシア 明日世界を滅ぼす と同じことやっちゃう人ってほんとにいるんだな

    はてなブックマークに魂を殺された人間の記録
  • 個V.S.飽和|蝉川夏哉/逢坂十七年蝉

    興味深いことに「自分の世代は、前の世代の価値観の名残を受け継ぐ最後の世代であり、新しい価値観を持つひとびとのはじまりの世代だ」という認識は、意識している、していないに関わらず、ほとんどすべての人が持っているということである。 考えてみれば当たり前のことで、他人の意識を覗き見ることができない以上、現実世界の唯一の観測者は自分自身であるのだから、上の世代と下の世代の間にある自分こそが基準点になるのは、道理だ。物差しの基準点が自分であれば、上の世代は去り行く世代であり、下の世代は勃興しつつある新しい世代である。 自分自身の視座から自由になれない以上、自分が基準点となる史観と有するのは自然なことであるけれども、変化の激しい現代にあっては、多くの人が何かしらの”ターニングポイント”の世代であることもまた、事実だ。 私の母方の曾祖母は村に電気がはじめて来た日のことを憶えていたし、祖父祖母の世代は戦争

    個V.S.飽和|蝉川夏哉/逢坂十七年蝉
  • ごちうさリプトンで検尿 オタクから擁護の声相次ぐ

    「お客さまからのご指摘で、コラボパッケージが意図と違う形で取り扱われている事例が確認され、残念に思っております。コラボパッケージとともにリプトンティーをみなさまで楽しんでいただけますと幸いです。」とリプトンが声明を出したが、それに対する批判と、我々オタクへの擁護コメントが殺到している。 リプトンの件な 今更なんだよ 10年以上前からリプトンの紅茶が検尿みたいだとか好きな人の名前書いた検尿カップにリプトンの紅茶を注ぐとか ヲタクだとか一般人だとか関係なくやらかすやつはやってるんだよ 今更その程度のガキみたいな行動に対する問い合わせやら苦情で販売元に迷惑をかけるな https://twitter.com/iroa1991/status/1453498571907481610 オタクも大概だしリプトンさんサイドに「パックに穴を開けて検尿カップに入れて飲んでるオタクがいる」とご指摘した人間もようそ

    ごちうさリプトンで検尿 オタクから擁護の声相次ぐ
  • 娘「学校でSDGsを勉強してるが、あれ考えた人はあんなの絶対達成できないって分かって言ってると思う」私「....え?」

    yoko @yoko38000653 娘が 「いま学校でSDGsっていうのを勉強してるんだよ」 と話し出し、内心興味津々なのを気取られないように聞いてたら 「あれ考えた人はあんなの絶対達成できないって分かって言ってると思う」 って眼光鋭く言い放つからさすがに「…え?」って聞き直してしまった。 話し応え出てきたわ… yoko @yoko38000653 @rose_so0 「人が生きてる限りゴミはなくせないし、生きるためにいろんなエネルギー使ってるのにそれをなくそうなんておかしい」 って、なぜか憤ってて😅 学校でどんな教え方してるか知らないけど、ざっくり綺麗事すぎてムカついたのか…??

    娘「学校でSDGsを勉強してるが、あれ考えた人はあんなの絶対達成できないって分かって言ってると思う」私「....え?」
    p_shirokuma
    p_shirokuma 2021/10/29
    理想的な題目ではある。それはいい。しかしそこに統治の狙いや利害の狙いが蔦のように絡まり、ただならぬ雰囲気を醸し出している。
  • 国民情緒法 - Wikipedia

    国民情緒法[1](こくみんじょうちょほう)、または国民感情法(こくみんかんじょうほう)[2]とは、国民世論次第で司法判断が決まるなど罪刑法定主義・法治主義・法の支配が崩れがちな大韓民国の政治・社会体質を皮肉った言葉である。 国民情緒に合うという条件さえ満たせば、行政・立法・司法は実定法に拘束されない判断・判決を出せるという意味である[注釈 1][4][5][6]。韓国国内でも用いられる[7][8]。 皮肉を込めて「 -法」という名が付くが、大韓民国における法律の類ではなく、不文律であり、法律や条例、条約、大韓民国憲法さえも超越する法の軽視の風潮を揶揄した言葉である。一部の市民団体(圧力団体)や学者の私見によって具体化され、大衆世論によって成否が判断され、これを韓国メディアが後押しすることで、国民情緒法は(比喩的に言って)「制定」される[9]。 法の支配や時効や法の不遡及といった近代法の原則

    p_shirokuma
    p_shirokuma 2021/10/29
    こんな言葉があったのか