2017年12月24日のブックマーク (2件)

  • 三十路過ぎのこぎたないオッサンの初恋が終わって一年が経ちました

    聡明でかわいらしい、素敵な彼女だった。 酔狂にも俺というオッサンを選ぶくらい、独特の価値観を持つ女性だった。 おまけに脳内存在ではなく、実在しているときた。二次元相手にすら恋愛という感情を覚えることができないままぶくぶくと肥ったオッサンには過ぎた幸福であった。 三十路半ばに降って湧いたように訪れた初恋は一年と少しで消えていった。 仲違いではないし、ケンカをしようといっていたけれど、それも楽しみにしていたけれど、結局できないまま終わっていった。 わかっていたことだが、未来よりも過去が強く、彼女は聡明でやさしく、俺は弱かった。 「いつか、彼女が俺に愛想を尽かすだろう」と、非モテオタクらしくビクビクした卑怯で惰弱な予防線をはりめぐらせ、それでも卑屈にならぬようにつとめて一年を過ごした。 それは思い返しても幸福で濃密な一年で、一人で過ごしたこの一年はただネトゲとソシャゲの数値を漫然と増やすのと同

    三十路過ぎのこぎたないオッサンの初恋が終わって一年が経ちました
    palsy
    palsy 2017/12/24
  • フジファブリック志村正彦が奥田民生を泣かせた日について - オトニッチ

    行きたくないライブは初めてだった 2009年12月28日。自分は幕張メッセにいた。 毎年年末は幕張メッセで開催される、カウントダウンジャパンという音楽フェスに参加していた。4日間開催されるイベントで、暇な学生だった自分は4日間毎日参加していた。毎年楽しみにしているイベントなのだが、この年はあまり乗り気ではなかった。 2009年12月24日にフジファブリックの志村正彦が急逝したからだ。 自分にとってフジファブリックはとても大切なバンド。首都圏で行われるライブはほぼ毎回行っているほどに大好きなバンドだった。 志村がいなくなってから、心にぽっかり穴が空いたような感覚で、何もする気が起きなかった。 関連記事:フジファブリックの志村正彦を最後に観たライブについて - オトニッチ- フェスのチケットは買っていたものの、この日も幕張メッセに行かず家で寝てようかとも思っていた。好きなアーティストがたくさん

    フジファブリック志村正彦が奥田民生を泣かせた日について - オトニッチ
    palsy
    palsy 2017/12/24