一連の「わかる/わからない」および「転移」議論に関してのishさんのエントリ、神様に恋しているから、瞬きしても世界が終わらないの最後は、こう締めくくられている。 神様に恋しているから、瞬きしても世界が終わらないのです。 これはあくまで恋ですから、どこか「所詮色恋沙汰」という割り切りも頭にはあります。割り切りながら、ちゃんと巻き込まれている。それが普通の「信仰者」の態度ですし、何も信じていないつもりの人こそ、通奏低音のように神様に恋しているのです。 目覚めても、まだ隣に貴方がいますように。わたしの欠片が、わたしであるために。 これを読んで突然、6年前にやった最後から二番目の展覧会 『FLICKER/FRAGMENTS』のDMに載せた自分の詩を思い出した。 「見ることは忘れ去ること」 光を通して見えている世界は、瞬きによって無数の断片に切り刻まれる。 瞬きと瞬きの間の短い光の時間。 今見ている