セルジオ越後 【セルジオ越後コラム】高校サッカーの抱えるジレンマ Tweet 2012年01月06日10:42 Category:セルジオ越後石井紘人 皆様、新年あけましておめでとうございます。本年もなにとぞよろしくお願いいたします。 さて、J2同士の対戦となった天皇杯決勝が終わり、冬の風物詩と言える高校サッカーがいよいよ佳境となってきている。僕もいくつか解説者として試合を見させてもらっているけど、率直に言って今年の高校選手権には物足りなさを感じるね。 どのチームも、決め事はしっかり遂行している。ところが決められた戦術の範疇から逸脱する問題が起きたときに、解決できないチームが多いように思える。いい意味での荒削り感、戦術を超える個のアイデア、閃きというものが、あまり見えてこないんだ。 それも関係してか、守りから入るチームが多く、引き分け、つまりPK戦での決着も目立つ。一発勝負のトーナメント戦
コラム 【セルジオ越後コラム】システム云々の問題ではない Tweet 2011年06月03日10:53 Category:コラムセルジオ越後 1日に行われた日本代表対ペルー代表戦は0−0の引き分けだった。キリンカップは30年以上続いている歴史あるタイトルマッチだ。国際的な知名度は高くないが、単なる親善試合とは一線を画すものとして捉えられるべきものである。 ペルー代表は、大会に勝ちに来ている。それは彼らのプレーを見たらわかるよね。僕はこの大会が日本代表の強化となるか、単なる興行となるかは相手次第だと言っていたけど、そういう意味では、ペルーは強化相手にふさわしい戦いをしてくれた。 残念ながら、生ぬるかったのは日本自身だった。まず、キリンカップがタイトルマッチであるという点を、メディアもファンも忘れてしまっているよね。日本のマスコミお得意のスター報道により、海外組はスーパースターのような扱いとな
コラム 【セルジオ越後コラム】すべての日本人へ「倒れた人の分まで走るのが、サッカーだ」 Tweet 2011年03月18日09:40 Category:コラムセルジオ越後 日本は今、大変な困難に見舞われている。あまりにもスケールの大きい自然災害であり、戦争以来の大惨事と言ってもいい。被災者の方々が大変な傷を負ったのはもちろん、日本人全体の心に深い傷が刻まれてしまったね。 この悲劇からの復興は、被害にあったその地域だけの宿題ではない。すべての日本人、それだけでなく日本に住むすべての外国人も含めて、みんなが固い結束の下に、全力を傾けなければならないよね。 逆境を跳ね返す、困難から立ち直るメンタリティは、世界に誇れる日本の素晴らしい部分だ。阪神大震災も、新潟県中越地震も乗り越えてきた。どの国にも真似のできない日本の文化、精神の強さを、今こそ発揮すべきだ。何年か経って、あの時は大変だったねと、日常
舌鋒鋭い辛口評論家。多くの日本人は彼のことをそう認識している。 しかし、日本にサッカー文化を植え付けたのはいったい誰だったのか? もう一度考えてみて欲しい。セルジオ越後65歳。孤高の伝道師のルーツを辿った。 サッカージャーナリストの草分け的存在として知られる賀川浩は、そのプレーを克明に記憶している。 1974年の日本サッカーリーグ(JSL)第4節、ヤンマーと藤和不動産の一戦が大阪・長居競技場で行なわれた。当時のJSLには日系ブラジル人選手を招いて戦力補強するチームが増えていたが、藤和の8番をつけたセルジオ越後も地球の裏側からやってきた助っ人プレイヤーの1人だった。 賀川は来日当初からそのスピードと卓越した技術に注目していたが、この日瞼に焼き付いたのは派手な足技ではなかった。 逆サイドへ長いパスを正確に蹴り出す。広い視野と精密機械のようなコントロールで試合の流れに変化をつけたかと思うと、ペナ
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く