金川 欣二:マックde記号論(言語学のお散歩) アメリカ映画における母親の不在 愚痴もこぼさずに苦しむ女性のイメージは、忍耐力と勇気に富んだ、一種および難い有徳の存在に対する賛嘆の気持ちを呼び起こす。人は単に彼女を哀れむというより、むしろ理想化できるのだ。これは、私が女性崇拝と呼ぶもの、すなわち日本のフェミニズム特有のしるしと結びつく。------佐藤忠男* 第1章 母親像の文化的差異 富山市民大学名画鑑賞会のシリーズとして「日本の家族の肖像」「子供たちの時間」というのを企画し、それぞれ、『麦秋』(51)『裸の島』(60)『家族』(70)『さらば愛しき大地』(82)、『にんじん』(34)『大人は判ってくれない』(59)『アラバマ物語』(62)『ぺ一パー・ムーンj(74)を上映し、解説をしたことがある(1986年)。なるべく製作年代が違い、監督も、その作風も違う映画を選んだつもりだったのだが