このブログで何度か同じ日のことを話題にしているのであるが、もう一度その日のことを書く。2004年1月下旬のとある日の話である。その日私は音声の研究会に参加し、そして革新的な概念の発表を目の当たりにした。当時修士二年生の修了間近だった私は、これこそが研究と呼ぶにふさわしいのだなあと感じたものである。本日の日記ではその研究の話をする。本日の日記、読むには少々工学的なセンスを要する。 まずは予備知識からである。音声の工学的な理論はほぼかたまっている。音声信号の一部を数十ミリ秒切り出して、そのスペクトルを眺めると、(ひとによってずれはあるものの)同じ音素なら似たようなスペクトルの形状をしていることが分かっている。誰の「あ」でもスペクトルはだいたい一緒ということである。これには物理的な裏付けもとれている。人間が五十音のどれを喋ったかというのは、のどから唇(および鼻)までの空間の形状によって定まるとさ
ぼくには数字が風景に見える スポンサード リンク ・ぼくには数字が風景に見える 円周率22500桁を暗唱し、10ヶ国語を話す天才で、サヴァン症候群でアスペルガー症候群で共感覚者でもある著者が書いた半生記。これらの病は稀に天才的能力を持つ者を誕生させるが、自閉症やその他の精神障害を併発することが多いため、こうした本を書ける人が出てくることは稀である。 まさに天才の頭の中がのぞける貴重な内容。 「ぼくが生まれたのは1979年の1月31日、水曜日。水曜日だとわかるのは、ぼくの頭のなかではその日が青い色をしているからだ。水曜日は、数字の9や諍いの声と同じようにいつも青い色をしている。ぼくは自分の誕生日が気に入っている。誕生日の含まれている数字を思い浮かべると、浜辺の小石そっくりの滑らかで丸い形があらわれる。滑らかで丸いのは、その数字が素数だから。31,19,197,79,1979はすべて、1とその
『ドラえもん』の最終回を勝手に作って売った件が話題になっていましたが、あれはよくないですね。何もないところからキャラクターを立てて認知させるには、大変な努力が必要なのです。それを怠って、確立されたイメージにただ乗りしてお金儲けするのはちょっと問題。 何もないところから話を作るのはとても大変ですが、既存のキャラクターや設定を借用すれば、感動の最終回なんていくつでも作れます。 ということで、みなさんの寝ている間に、11個最終回のネタを作ったので、最後まで読んでひとつひとつ泣いて、著作権の大切さを実感してください。 【1】ドラえもん最終回「オカンと俺と、時々ドラえもん」の巻 「関西人でもないのに母親のことを『オカン』って呼ぶのってどうなの?」というのび太の批判に答えるように、ドラえもんは「オカン殲滅機」を四次元ポケットから取り出す。本籍が関西にない母親が「オカン」と呼ばれた場合、装置からドイツ製
ドキン 「バイキンマン、もうこんな仕事辞めて良いのよ」 バイキ 「そしたらご飯食べていけなくなるし…」 ドキン 「私と一緒に違う仕事見つけましょう」 バイキ 「でもドキンちゃんやカビルンルンに苦労は掛けたくない」 ドキン 「バイキンマン…」 バイキ 「大丈夫だよ!ハ-ヒフ-ヘホ-!!ほらね(にっこり」 ちゃんちゃららら♪ バイキ 「もしも、アンパンマンさんですか?」 アンパ 「おう、今日はジャム親父さらってくれよwww」 バイキ 「でも、ジャムおじさんはもうお年ですから無理は…」 アンパ 「うるせー!たまにはあいつに恩を売っとかなきゃ 良い餡子入れて貰えねーんだよ!!!」 バイキ 「そうですか…」 アンパ 「分かったらさっさと動け。金が欲しいんだろ? てめえが悪さしてこちとら商売成り立ってるんじゃい!」 バイキ 「…はい。失
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く