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先手観音の検索結果1 - 9 件 / 9件

  • Passion For The Future: 仏像のひみつ

    « 蚊、ゴキブリの嫌がる音波をスピーカーから発振するCA-CONE | Main | HGUC 1/144 MSM-10 ゾックと機動戦士ガンダムTHE ORIGIN » 書評:脳・こころ |書評: 企画・発想| 書評:文化・文明|書評:経済・経営 |書評:子 供・教育|書 評:小説・戯曲|書評:ネット活用 |書評: 仕事・管理|書 評:メディア論|書評:その他|書評:思想・哲学 |書評 :文章・表現|書評:認知・心理 |書評:神 話・宗教|書 評:科学・技術|書評:社会・世間 |書評:教養 ・雑学 2006年度 年間オススメ書籍ランキング ノンフィクション部門 2006年度 年間オススメ書籍ランキング フィクション編 2005年度 書籍売り上げラン キング ベスト20 2005年度 年間オススメ書籍 ランキング ベスト20冊 2004年度 人気記事ベスト10 アクセス数が多かった記事とは

    • 南国土佐へ来てみいや

      [ 高知県須崎市吾井郷甲・為貞 ]弘法大師一夜建立の池のあるのは、須崎市吾桑・為貞にあった正善寺というお寺で、津野吾井郷地検帳にも載っちょり、また『南路志』に春日山蓮花院正善寺とあり、昔は大寺で真言宗大善寺末で本尊は先手観音だったそうですが、明治の廃仏毀釈で廃寺になり、現在は観音堂が地域の公民館となっちょるそうです。 正善寺跡にある池は、弘法大師が一夜で造ったと伝えられちょり、大師が急いで掘ったため...

        南国土佐へ来てみいや
      • 情報考学 Passion For The Future: Books-Culture Archives

        愛の空間 ・愛の空間 大変面白い。日本独特の文化である「性行為専用空間」の歴史学。井上章一が10年がかりで書いた傑作。好事家もここまで極めると新学問の開祖といってもよさそう。 敗戦後の時期、皇居前広場は男女の屋外セックスの盛り場だったという衝撃の事実の解説から第一章が始まる。旅館やホテルが空襲で焼かれて性行為の屋内空間の確保が難しく、庶民にもお金がなかったために、当時の若い男女は夜になると皇居前広場で抱き合っていた。朝日新聞には「いっそ都がアベック専用の公園をつくって入場料をとれば、皇居前なども荒らされず、アベックも気がねなくてよかろう。」などという意見が記事になったそうである。 「待合」「蕎麦屋の二階」「円宿」「ラブホテル」など明治から現代までの性行為専用空間の変遷を、メディアの記録や文学の記述を丹念に追うことで検証していく。野山での開放的な交接スタイルから、閉じられた空間での愛の交歓へ

        • 勝尾寺 必勝祈願のお寺(西国三十三所) - Diary

          おはようございます。 勝運のお寺として有名な 勝尾寺をお参りしました。 あらゆる勝負にうち勝つ 試験や商売繁盛などの祈願に 参拝される方も多いようです。 (^^) 西国三十三所(23番札所) 高野山真言宗。 ご本尊は 十一面千手観音菩薩。 創建について 古くは 藤原善仲、善算の兄弟が草案をむすび その後、奈良の僧・開成が 勝尾寺の前身である弥勒寺を建てました。 727年 六代住職による清和天皇の病の祈祷が功をなし 天皇から勝王寺の寺号を賜ったそうです。 そして「王」の文字を「尾」にかえ 現在の勝尾寺に。 「王」の文字を使うことに畏れ多いと感じ 控えめな方の文字を使うことにしたようですね。。 仁王門(楼門) 二階建ての大きな山門です。 1603年(慶長8) 豊臣秀頼により再建されました。 朱色の鮮やかな門。。 境内を入るとスピーカーから流れるお経が 聴こえて来ました。 お寺の雰囲気が漂ってい

            勝尾寺 必勝祈願のお寺(西国三十三所) - Diary
          • 千手観音を悩ませる政治家の純粋性に欠ける言動: 聞こえるように独り言

            ‘21年3月6日(土) 過日、寺社とは何ら関係の ない仕事に就いている 友人から「千手観音」を、 「せんてかんのん」と間違う 人が増えていると聞いた ◆勧められてインターネットで 検索してみると、 アシスト機能が働いて 「先手観音」という文字が 画面に出てきた。 少なくない人が「先手」と 打ち込んで、 人々を厄災から守る 千の手を持つ観音様を 調べていることがわかる ◆菅首相がいささか 唐突に、緊急事態宣言を 「2週間程度」再延長する 考えを表明した。 関連記事が、宣言解除に 難色を示す東京都の 小池百合子知事の機先を 制する狙いもあると訳を 伝えていた ◆とすれば「先手観音」 争いが強く見えてしまって、 国民の協力に水を差さない ともかぎらない。 首相はきょう(5日)の 記者会見が大事だろう。 事業者や生活者に痛みと 我慢を強いる判断を、 説得力をもって伝えられるか どうか ◆カレンダー

            • あなたは巳年? - のんびりももりんの気なが1日ぶろぐ

              小学校、中学校、高校、大学、社会人として、何人の友達ができるだろう。 小学校、中学校の友達は引っ越ししたことで縁が切れた。 あんなに仲良かったのにもう、名前すら忘れかけてきたし、姓がかわっているだろうから尚更わからない。 高校の友達も久しく会っていないし、大学の友達も会社に入ってすぐの頃は一緒に旅行に行ったりもしたが、結婚を経て縁も切れてしまった。 では、会社に入ってからは?というと実際に損得なしに心から話せる友達なんていないし、年齢も違うし価値観も趣味も違う。 会えばそれこそ仲良く話しはするが、その程度だ。 なかなかそんな親友と言える友達って出来るもんでもない。 しかも、親友ほしさに「親友になって」なんてお願して出来る親友なんて存在しない。 電車の中で会うおばさまは、私にとってまさにお姉ちゃん、お母さん、友達、みたいな存在になっていく。 それからというもの、このおばさまと毎朝、会って楽し

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              • 上り口説

                いつまでも大事にしたい沖縄民謡、ウチナーグチ。 唄三線をしながら唄に惚れ言葉に惚れて「うた」の意味に迫ってみたい。 唄の心は作った人から唄う人へ、そして時代を映し変わっていく世相も反映します。       そんな壮大な唄の世界はまるで「海」。 歌の海に漕ぎ出してさまよいながら旅をしてます。 上り口説 ぬぶいくどぅち nubui kuduchi 語句・くどぅち 室町・江戸時代に流行した「口説」(くどき)は歌舞伎、浄瑠璃などで情景や叙事、悲哀や恨みなどを一定のメロディーで繰り返して「説く」ものだったが、17世紀以降薩摩藩の琉球支配の時代に、それが琉球に伝わり七五調で大和言葉(のウチナーグチ読み)を使ったものになった。 一、旅の出立ち観音堂 先手観音伏せ拝で黄金尺取て立ち別る たびぬ'んじたちくわぁんぬんどーしんてぃくわぁんぬんふし うぅがでぃくがにしゃくとぅてぃたちわかる tabi nu 'N

                  上り口説
                • 【音ガ同】初宴会に思う、コラボレーションワークのトレーニングに音楽セッションは最適だ!:平凡でもフルーツでもなく、、、:オルタナティブ・ブログ

                  【音ガ同】(音楽ガジェット同好会を勝手に略させてもらいました)の初セッションが昨晩CMパンチの溜池事務所で開催されました! 参加者は私を含む6名で、開催前は結構不安な部分もあったのですが、かなりの盛り上がりを見せてくれました、参加いただいた皆様ありがとうございます! この様子については他の方からのエントリーもアップされるのでは?と思いますのでそちらを是非ご覧いただきたいと思います。 さて、今回のセッションで前々から思っていた事を確信しました、コラボレーション・ワークにとって、音楽のセッションは最適なトレーニングであると! 音楽ガジェットはそもそもゲーム機だったり、携帯電話だったりで、そこに移植されている楽器の本来必要とされる演奏技術は基本的に必要ありません、ですのでセッションに参加するためのハードルはかなり低くなるわけです。 ここに、Eのブルース進行とか、Dmのワンコードなど、コード進行と

                    【音ガ同】初宴会に思う、コラボレーションワークのトレーニングに音楽セッションは最適だ!:平凡でもフルーツでもなく、、、:オルタナティブ・ブログ
                  • 中ノ郷地区「中ノ郷地区の生い立ち」

                    中ノ郷地区の生い立ち 1、 この図は約20万年前の千代川を中心とした鳥取地方です。当時、気候が温暖な時代で、海面は15m以上も上昇していました。従って鳥取地方は大きな湾となって、山地は岬状に突き出し内湾には大小の岩の島が点在していました。 絶え間なく中国山脈より千代川を通って流出される土砂は湾内に堆積していきました。 2、 7万年前には最後の氷河期時代がやって来ました。海面が徐々に下がり内湾に溜まった土砂が現れ、陸地となり、海岸近くに台地状の古砂丘が発達してきました。そこに4、5万年前に大山が噴火し多量の火山灰が降り積もりました。 3、 氷河期が過ぎて暖かくなると、再び、海面は上昇し始め、約6000年前の縄文海進と呼ばれる頃にはピークに達し、現在よりも5、6mも高くなって、鳥取地方は再び大きな内湾となりました。 4、 縄文後期には海面降下が始まり、海に沈まなかった所を中心に砂の堆積が始まり

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