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朝倉郡の検索結果1 - 16 件 / 16件

  • 【福岡県・朝倉郡】九州三県旅行記⑱平和の大切さを語り継ぐ・筑前町立『大刀洗平和記念館』で震電を見た - 旅のRESUME

    ブログへお立ち寄り頂きありがとうございます。 www.bluemoonbell.work 3日目は陶山神社、有田ポーセリンパークの後、福岡県へ移動しました。 この4日間で唯一高速道路を使った移動です。 家族4人で九州へ来たのは2017年9月(その後、旅ともとの鹿児島、旦那君と門司港に行ってます)。 その時は唐津~糸島~宗像に行って、糸島がとても良かったのでまた行きたいと思ってましたが、距離があり過ぎて諦めました。 ブログ書くためにGoogleで検索したら1時間ちょっとでしたが、とても遠く感じました。 大刀洗平和記念館 館内 十八試局地戦闘機「震電」 零式艦上戦闘機三二型 九七式戦闘機 グッズ 企画展・異端の翼震電 アクセス 大刀洗平和記念館 東洋一の陸軍飛行場跡に建つ博物館です。 九州というと一番有名なのは、多くの特攻隊が出撃した知覧飛行場ですよね。その知覧飛行場は大刀洗飛行場の分校でした

      【福岡県・朝倉郡】九州三県旅行記⑱平和の大切さを語り継ぐ・筑前町立『大刀洗平和記念館』で震電を見た - 旅のRESUME
    • 針の穴 福岡県朝倉郡東峰村 宝珠山 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

      場所:福岡県朝倉郡東峰村大字宝珠山 座標値:33.432609,130.875169 岩屋神社本殿のすぐそばにある「針の穴」。穴の向こうがわから差してくる光が神々しく感じます。

        針の穴 福岡県朝倉郡東峰村 宝珠山 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ
      • 福岡県ではじめてみた掩体壕(えんたいごう) 福岡県朝倉郡筑前町高上 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

        『新装改訂版 九州の戦争遺跡(江浜明徳著)』P.68-69に、「大刀洗飛行場北部戦争遺跡」のひとつとして掩体壕(えんたいごう)が紹介されています。掩体壕は、戦時中に飛行機や物資、人などを空襲から守るためにつくられた施設です。わたしが実際に掩体壕をはじめてみたのは、大分県宇佐市のものでした参照。宇佐市には海軍航空隊の基地があったため、数基の掩体壕が現在ものこされています。 福岡県で掩体壕がのこっていると書籍を読んで知り、実際にいってみました。 掩体壕(えんたいごう)-航空機を爆撃から守る建造物 場所:福岡県朝倉郡筑前町高上 座標値:33.431448,130.616647 この掩体壕が、つくられた具体的な年は示されていませんが、おそらく1919年~1945年の約25年の間につくられたと考えられます。大刀洗飛行場がつくられたのが1919年で、太平洋戦争終結が1945年です。この間に大刀洗飛行場

          福岡県ではじめてみた掩体壕(えんたいごう) 福岡県朝倉郡筑前町高上 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ
        • 憲兵分遣隊舎(けんぺいぶんけんたいしゃ)のレンガ塀 福岡県朝倉郡筑前町原地蔵 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

          朝倉郡の大刀洗駅の南西約320m地点に、日本軍の警察としての立場である「憲兵」が駐留していた隊舎跡があります。敷地の周囲にはレンガ塀が残されており、レンガ塀には、アメリカの航空機から受けた機銃の弾痕も残されています。 参照:『新装改訂版 九州の戦争遺跡(江浜明徳著)』P.71-72 隊舎の正面入口と案内板 場所:福岡県朝倉郡筑前町原地蔵 座標値:33.412318,130.616043 憲兵分遣隊舎(けんぺいぶんけんたいしゃ)の敷地の正面入口は南東部にあり、北西-南東方向にかたむいた形で長方形の敷地がつくられています。現在、敷地内は民有地で倉庫などが保管されています。 以下は案内板の説明を抜粋したものです。 ------------------- 大正八年(1919年)大刀洗飛行場が10月に開隊したのとほぼ同じ12月に、久留米憲兵隊大刀洗分遣隊として発足しました。軍隊の警察官としての立場で

            憲兵分遣隊舎(けんぺいぶんけんたいしゃ)のレンガ塀 福岡県朝倉郡筑前町原地蔵 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ
          • 岩屋神社 境内の石仏群 福岡県朝倉郡東峰村 宝珠山 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

            場所:福岡県朝倉郡東峰村 宝珠山 岩屋神社 座標値:33.432785,130.8749237 英彦山(ひこさん)や求菩提山(くぼてさん)以外に、福岡県内にこのような場所があるとは知りませんでした。朝倉郡東峰村にある岩屋神社境内では、岩壁に建てられた社殿や、石仏群など珍しい景色をみることができます。 この写真は岩屋神社本殿へと続く参道わきに祀られている石仏群です。シダが繁茂する岩の斜面に数十基の石仏がまられています。 まるで自然のなかにつくられたアート作品のようです。 2枚目の写真の左端にみえるのが、岩屋神社本殿へとつづく石段です。この石段がとても急で、足を置く場所もすくないので、大雨がふっていたこの日は特別に注意しながら、よじのぼるようにしてあがっていきました。

              岩屋神社 境内の石仏群 福岡県朝倉郡東峰村 宝珠山 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ
            • 飛行第四聯隊(飛行学校)正門 福岡県朝倉郡筑前町原地蔵 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

              飛行第四聯(れん)隊から、陸軍飛行学校へとひきつがれた敷地の入口に設置されていた門柱。福岡県朝倉郡にある「原地蔵公民館」敷地に門柱が保管されています。 公民館敷地の一角に保管されている門柱 場所:福岡県朝倉郡筑前町原地蔵 座標値:33.410703,130.614685 大刀洗の飛行第四聯隊の敷地は、1940年に陸軍飛行学校へうけつがれ、門柱はそのままつかわれていたそうです。 --------------------- 大正八年(1919年)当初は大刀洗飛行場にて開隊した「飛行第四聯(戦)隊」の正門として長く使用されました。飛行第四聯隊が中国大陸や南方へ出撃する時は全てこの門をくぐり、また帰還しました。しかし、聯隊が先の大戦を控え、熊本県菊池へ移動した後の昭和15年(1940年)秋からその跡に開校した大刀洗陸軍飛行学校・本校の正門として使われました。もともとは原地蔵公民館北側の交差点に設置

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              • 朝倉郡東峰村小石原鼓 高木神社(大行事神社) - 松村かえるの「かえるのねどこ」

                大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI ) むかしから場所は知っていたのですが、訪問するのはたぶん子供の頃以来だと思います。 鳥居をくぐって石段をずっと登ってもよいのですが、ここは軽トラが入れるくらいの舗装路があり、そちらから境内に入ることができます。石段ではなく、今回は車道を歩いてなかに入りました。 拝殿の裏手に本殿があり、正面向かって右手に、神饌所があります。 ここは流しが据えられており、住民(氏子)が神社に集まったときの直会(酒食)に使われていました。いまは物置と化しているようです。 現在も行われているのかどうかは知りませんがこの近所では「おこもり」という、かしわ飯を食いながら日本酒を呑んでひと晩過ごす行事がありました。 本家筋の集落では「ふくっちゃま(福智山)」という御堂に、各世帯の主とその後継(たいてい長男)が集合し、深夜まで過ごしたもの

                  朝倉郡東峰村小石原鼓 高木神社(大行事神社) - 松村かえるの「かえるのねどこ」
                • 雨にぬれる熊野神社 福岡県朝倉郡東峰村 宝珠山 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

                  場所:福岡県朝倉郡東峰村大字宝珠山 座標値:33.432923,130.875468 岩屋神社境内に祀られる熊野神社です。天狗がけって大穴をあけたという岩屋にある懸造りの社殿。大雨がふっていたために、さすがにあそこまでは行くことはできませんでした。

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                  • 熊野神社の本殿そばにまつられる庚申塔 福岡県朝倉郡筑前町原地蔵 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

                    甘木鉄道-太刀洗(たちあらい)駅の南南西200m地点に「熊野神社」が鎮座します。神社本殿の裏側に猿田彦大神と刻まれた庚申塔をみつけることができました。 碑面 碑面(建立年) 猿田彦大神 (確認できず) 場所 座標値 福岡県朝倉郡筑前町原地蔵 33.4122467,130.6178894 秋月街道をゆく(秋月街道ネットワークの会 編)P.100に、ここ熊野神社のご神体である自然石について紹介されています。 『三輪町史』によると、原地蔵の開墾は1638(寛永十五)年、秋月藩主黒田長興が島原出陣の帰りに家臣に命じて始めた。その当時、直径1メートル、地上の高さ60センチ位で、地下の丈は10メートルかそれ以上か分からない自然石が立っていた。里人は開墾のため力を合わせて取り除こうとしたが、掘り出せない。「きっと地中から生えた神石に違いない」と、この自然石を「はえぬきの地蔵様」と呼び、ご神体として神殿を

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                    • 東峰村のメガネ橋がライトアップ 2019年度 福岡県朝倉郡東峰村宝珠山 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

                      福岡県朝倉郡の東峰村を通るJR日田彦山線。2017年(平成29年)7月5日から6日にかけて発生した九州北部豪雨により、添田駅~夜明(よあけ)駅間が現在(2019年12月時点)でも不通となっています。 不通となってはいますが、その復旧を願って、東峰村にある宝珠山橋梁(ほうしゅやまきょうりょう)と栗木野(くりきの)橋梁が、2019年度もライトアップされているそうです。 期間:2019.12.7(土)〜2020.1.4(土) 時間:17:30~21:30 参照:東峰村観光情報サイト 東峰見聞録 -めがね橋ライトアップ- 宝珠山橋梁の場所:福岡県朝倉郡東峰村大字宝珠山 宝珠山橋梁の座標値:33.4134865,130.8805595 栗木野橋梁の場所:福岡県朝倉郡東峰村大字宝珠山 栗木野橋梁の座標値:33.423399,130.884178 こちらが昼間の宝珠山橋梁です。この付近を通っていたときに

                        東峰村のメガネ橋がライトアップ 2019年度 福岡県朝倉郡東峰村宝珠山 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ
                      • 監的壕(かんてきごう)跡 福岡県朝倉郡筑前町原地蔵 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

                        大刀洗陸軍飛行場跡の一角に、コンクリート製の半円形の建物がのこっています。これは、航空機の射撃訓練の様子を監視員が監視するための建物で、そのユニークな形から「タコ坊主」ともよばれています。正式名は「監的壕(かんてきごう)」といいます。 参照:『新装改訂版 九州の戦争遺跡(江浜明徳著)』P.73-74 観測員が仕事につかっていた監的壕(かんてきごう) 場所:福岡県朝倉郡筑前町原地蔵 座標値:33.410433,130.614339 アパートの駐車場ふきんに保管されている ----------------- 監的壕(かんてきごう) 大刀洗飛行場の南側にあった池のほとりに設置されていた建造物で、軍用機による射撃訓練に使われていました。具体的には、別の飛行機が曳航している射撃用の「吹き流し」に向かって、実弾を使って射撃訓練をする戦闘機や練習機の着弾を、この中に入った観測員が双眼鏡で確認していました

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                        • 朝倉郡筑前町砥上 武宮 - 松村かえるの「かえるのねどこ」

                          大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI ) 砥上岳(とかみだけ)の山頂にあるお宮です。 いつものように「いつもnavi」のリンクを作成していて気づいたのですが、砥上岳のてっぺんはてっきり筑前町砥上なのだろうと思っていたら、どうも筑紫野市山家と筑前町曽根田もあるようです。 武宮がある辺りはいつもnaviだと曽根田になるようですが、石祠の管理は砥上区長がされているようですし、ここでは砥上地区と表記させていただきます。 三韓征伐に際して神功皇后が武甕槌命(たけみかづち)を祀ったものとされています。 この武甕槌命とは鹿島明神であり、この近辺では天之忍穂耳という名前でも各地で祀られています。早い話が英彦山なのですが、何故かここでは鹿島明神である「武甕槌命」なのです。 この点を考えると、ほんとうに神功皇后が三韓征伐の勝利を祈った相手は、武甕槌命だったのかと疑問

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                          • 朝倉郡東峰村小石原 行者堂 - 松村かえるの「かえるのねどこ」

                            大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI ) 子供のころ「えんのぎょうじゃ」と読めず「やくいきもの?」と読み、曾祖父から笑われた場所です。 iPhoneのカメラで全景を収めようとするとどうしても横からになってしまいます。このお堂が行者堂で、画像左手が護摩壇です。このお堂に山伏の神様「役行者:えんのぎょうじゃ」が祀られているから「行者堂」と言います。 役小角 - Wikipedia 役小角(えんのおづぬ/おづの/おつの、舒明天皇6年(634年)伝-大宝元年6月7日(701年7月16日)伝)は、飛鳥時代の呪術者。役行者(えんのぎょうじゃ)、役優婆塞(えんのうばそく)などとも呼ばれている。姓は君。日本独自に発祥・発展した山岳信仰である修験道の開祖。 (略) 役氏(えんうじ)、役君(えんのきみ)は三輪系氏族に属する地祇系氏族で、葛城流賀茂氏から出た氏族である

                              朝倉郡東峰村小石原 行者堂 - 松村かえるの「かえるのねどこ」
                            • 朝倉郡東峰村宝珠山 岩屋神社 - 松村かえるの「かえるのねどこ」

                              大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI ) 岩屋神社の境内は広く、複数の境内社があります。免許を取ってすぐ練習がてら来た場所で、高所恐怖症の身には恐ろしく、それきり足が向かなかった場所です。 「神社めぐり」シリーズも近場で未訪問の場所がどんどん減り、思い切って行くことにしました。 現在は「岩屋神社」ですが、江戸時代までは「宝珠山宝泉寺大宝院岩屋三所大権現社」という天台宗の寺院でした。 明治政府がやらかした日本史上の一大汚点、廃仏毀釈により打ち捨てられた仏像は、村人により一部が守られ、現在、首や胴体が割れた姿で山中に祀り直されています。 寺院としての歴史はながく、中国・北魏からの渡来僧 善正(ぜんせい)が、英彦山を開山した翌年(532年)に始まったといいますから、約1,500年続いていることになります。 神社の御神体である宝珠石(ほうしゅせき、星の玉

                                朝倉郡東峰村宝珠山 岩屋神社 - 松村かえるの「かえるのねどこ」
                              • 朝倉郡筑前町曽根田 明浄院 - 松村かえるの「かえるのねどこ」

                                大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI ) 2021年9月4日、筑前町曽根田地区・三牟田地区にある「くりぬき溝」を訪問した際、曽根田親水公園の駐車場を利用しました。 車に乗り込もうとすると、赤い鳥居が見えます。近くでもあり、登ってみることにしました。 明浄院と鳥居の扁額にあります。どうやら神仏習合のようです。参道を登っていくと、小屋があり、なかに祠がありました。 曽根田親水公園(そねだしんすいこうえん)|福岡県筑前町 隣接して、失くし物が見つかるという神社・明浄院があります。 どうやら失せ者探しの御利益がある「神社」のようです。名前はどうみても寺なのに。 小屋内の由緒書きを読むと、明浄院とは盲僧の名前であることがわかります。 朝倉郡筑前町曽根田 八幡宮・高木神社 - 美風庵だより いまから300年前にこの地を訪れた盲僧を祀るもので、元は現在の八幡宮

                                  朝倉郡筑前町曽根田 明浄院 - 松村かえるの「かえるのねどこ」
                                • 焼ノ峠古墳 福岡県朝倉郡筑前町四三嶋 - 墳丘からの眺め

                                  三国が丘の横隈山古墳の次は、3.2㎞東の焼ノ峠(やきのとうげ)古墳へ。 目的地に近づくと、畑の中に雄姿が。 細道を進みましたが、墳丘裾に駐車場あり。 真新しい階段がありました。 雨天でしたので慎重に上がりましたが、”新築の木の香り”がしていました。 上がった先には見事な前方後方墳! 国史跡です。3世紀後半に遡る、九州で最大の前方後方墳。 国指定史跡 焼ノ峠古墳 昭和46年度(1971)農地改良事業に伴い発掘調査が行われ、九州最大の全長40mの前方後方墳であることがわかり、昭和50年2月13日に国の史跡指定を受けました。 この古墳は、標高130.6mの城山(じょんやま)から分岐する標高56mの丘陵上にあります。 古墳は3世紀後半(古墳時代前期)のもので、平面形状は撥形に開き、後方部は北側がやや広くなる梯形(ていけい)となります。墳丘は、前方部が一段、後方部が二段で構成され、丘陵の地山を削り出

                                    焼ノ峠古墳 福岡県朝倉郡筑前町四三嶋 - 墳丘からの眺め
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