競馬 最高時速は“競走馬並み”の60キロ!“ある目的”でモフモフのアルパカが爆走する癒しレースに密着《馬券ならぬ「パカ券」も買える》
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藤井は今期の王座戦、挑戦者になるまでの過程でも“衝撃の逆転劇”を見せている。挑戦者決定トーナメント準々決勝の村田顕弘六段戦である。 この対局で序盤から冴えた将棋を見せたのは、むしろ村田六段だった。「村田システム」と呼ばれる独創的な戦型に、銀を中段に進める工夫を凝らした「シン・村田システム」を披露。これによって序盤からリードを奪い、中・終盤でも見事な指し回しを見せて勝利が間近に迫った。 しかし、藤井が局面を複雑化したことで村田は長考し、持ち時間は徐々に減っていく。そして藤井が最終盤に「6四銀」という勝負手を放った。この一手が持ち時間がわずかになっていた村田の動揺を誘う。気づけば村田から見て「94%−6%」だった評価値が一気に「4%−96%」に。この逆転劇が藤井の八冠ロードを切り拓くターニングポイントとなった。 「用意した作戦がうまくいって、中盤以降も自分の形勢判断通りに指せていた。ただ優勢な
稀代の名将がこの世から去ったという一報を受けて、SNS上では数多くのサッカーファンから悼む声が。さらには阿部、巻誠一郎、水野晃樹らといった“教え子”たちも、オシム監督への感謝の言葉をつづっています。 3月にNumberWebで実施したアンケート『サッカー日本代表の30年、あなたが選ぶ「最高の名将」は誰ですか?』で、オシムさんは500を超える全体の得票数のうち、約35%を占める断然の1位に輝きました。 なぜオシムさんはこれほどまで、日本人から愛されたのか。 アンケート結果発表の際にご紹介しきれなかった「ファンからオシムへの感謝」を掲載します。 1)日本サッカーの進化を促す育成・戦術アプローチ オシム監督のサッカー哲学で代名詞となったのは「考えながら走る」。スキルと走力、連動性を融合したスタイルによって、ジェフは当時国内最強と言われたジュビロ磐田相手に完勝を飾るなど、一気に躍進。2度のナビスコ
そして1998年、竜王戦挑戦者決定戦で当時四冠の羽生を破ると、タイトル保持者である谷川浩司にも4連勝。棋界が誇る2人の天才を鮮やかに撃破し、そこから竜王戦3連覇を成し遂げた。 羽生さんが斬新な手を指して七冠を獲った姿を見てますから 盤面に配された「藤井システム」の美しさに魅了されたファンも数多い。しかし藤井猛は自身の才能について、こう自虐していたことがある。 「僕ね、直感がないんですよ。第一感というヤツがね。局面をひとめ見て、この一手、なんて浮かばない。閃かないんです。(中略)直感のある人が羨ましいです。手が見えるなんて、僕とは無縁の世界。局面を把握するだけで大変です。そもそも頭の構造が将棋に向いていないんですよ」 こう語りつつも、自身が将棋界で確固たる立ち位置を築くに至ったのは――同世代の羽生の才能をずっと目にしてきたからだ。 「本筋と外れることに抵抗はなかった。若い頃の羽生さんが斬新な
◇解説◇ 道中は最後方を走りながら、4コーナーで誰も通らなかった荒れた内をすくい「ワープした」とまで言われた見事なレース運びで勝った2012年の皐月賞。 鞍上は「ウチパク」の愛称でお馴染みの内田博幸。大井競馬で通算3153勝を挙げて2008年に中央競馬へと移籍し、わずか2シーズンで中央競馬のリーディング首位を獲得した実力派だ。 そんな内田に皐月賞での騎乗について聞いたところ、返ってきた答えが冒頭の発言だった。 「ゴールドシップは、知られてる以上にコントロールが難しい馬で、我が強く気迫も凄い。生きるか死ぬかぐらい気を張っていないといけない馬でした」と語る内田は、ゴールドシップに全てを委ねるという境地に行き着いていた。 「だから、作戦は考えていましたが決めつけることなく、ただ、ゴールドシップが行きたい気になったときに行かせよう、と」 あの圧勝劇は、名手の“達観”により導かれたものだったのだ。
雑誌「Sports Graphic Number」と「NumberWeb」に掲載された記事のなかから、トップアスリートや指導者たちの「名言」を紹介します。今回は監督・落合博満にまつわる4つの言葉です。 <名言1> これが正力松太郎さんの目指した野球界か聞いてみたい。 (落合博満/Number741号 2009年11月12日発売) ◇解説◇ 2007年、落合は伝説の「山井大介-岩瀬仁紀」の“27人完全試合リレー”で中日ドラゴンズを53年ぶりの日本一に導いた。名将としての評価をゆるぎないものにした……が、それ以降はメディアとの溝が深刻化していった。その象徴的な出来事として、2009年のWBCがある。 第1回に続く連覇を目指した侍ジャパンに対して、中日の選手たちは出場辞退を選んだ。すると「球団サイドが選手にストップをかけた」などというウラ話も漏れ聞こえ、落合を含めて大バッシングにあったのだ。 そ
「今年のアメリカ大学チームは史上最強の選手が集まっているらしい」 最終決戦・箱根駅伝へと続く三大駅伝の最初の一冠、出雲駅伝。コロナ禍を経て、4年ぶりの参加となったアイビーリーグ選抜の出場選手リストが話題になった。 「アイビーリーグ」とはアメリカの北東部にある名門私立8大学を指す総称で、ハーバード、コロンビア、イェールなど世界各国の秀才が集まる難関校が名を連ねている。そんな文武両道軍団の中でも目立つのが、東京五輪10000m代表にも選ばれたキーラン・トゥンティベイト(ハーバード大)。10000mベスト記録は27分17秒14と日本記録の27分18秒75よりも速い。彼を筆頭に27分台と28分台の選手が集結するチームの10000m平均は28分29秒47。これは優勝した駒澤大学のエントリー選手平均29分04秒21を大きく上回る数字で、トラックの速さに定評がある中央大学(28分35秒61、日本勢最速)
興味深いのは、言語化を大切にする姿勢だ。当時の佐々木朗希は「まだまだぜんぜん自分の思っていることを言葉に出来ない。それがもどかしい」と語っていたそうだが……甲子園球場でプロ初勝利を挙げた際のヒーローインタビューを筆頭に、10代とは思えない落ち着いたコメントを残してきた。 それは20歳となった2022年4月10日の完全試合達成でもしかりだった。この日の投球でよかった点を問われると「ストライク先行で早いカウントで勝負できたので」と語るなど、自らのピッチングを冷静に振り返っていた。 能力やポテンシャルでは松坂大輔のさらに上 <名言2> 能力やポテンシャルでは松坂大輔のさらに上。 (潮崎哲也/Number1002号 2020年5月7日発売) ◇解説◇ 「平成の怪物」松坂大輔の現役時代を知る潮崎が、「令和の怪物」佐々木朗希をこのように絶賛したのは2020年のことだった。 ひときわ注目を集めるルーキー
――そんな憧れの「M☆Splash!!」に今シーズンから加入されましたが、それまでは何をされていたのでしょう? MEI フリーでダンス活動をしていました。アルバイトをしながらレッスンする毎日、という感じです。2年前にも「M☆Splash!!」のオーディションを受けようとしたことがあったんですが、その時はコロナで一般公募がなくなってしまって……。普通に就職活動をして、実際に一般企業に勤めていた時期もありましたが、それでも「M☆Splash!!の一員として踊りたい!」という思いが強くなり、すぐに会社を辞めました。昨年の1年間は、チームに入るためのダンスレッスンに集中していましたね。 マリーンズに直電「私のダンス動画を見てください」 ――勝手ながら、黒木さんの娘さんということで“オファー”があったのかなと思っていました(笑)。 MEI 実は球団の方にも話したことがないことがありまして……その2年
日本国内ではサーキット場に当たり前のように見かけるレースクイーン。ただ海外に目を向けてみると、F1では2018年に「明らかに現代の社会規範にそぐわない」として「グリッドガール」を廃止。華やかな衣装でサーキットに立つ女性の存在は世界的に「絶滅危惧」の状態にある。 そんな中、なぜ日本では彼女たちは存在し続けているのだろうか? 2015年からレースクイーンの活動を開始し、「レースクイーン・オブ・ザ・イヤー」を2度獲得してきた“女王”近藤みやびさんに「レースクイーンの仕事」と「世界的な“廃止”の流れをどう思うか」について話を聞いた。全2回のうち第2回/前編は#1へ 予選中、レースクイーンは何をしているのか? ――レースクイーンの仕事のスケジュールを教えてください。 近藤 イベントとかもあったりするんですが、やはりメインは土日のレースになります。前日入りするチームもあるのですが、私の今のチームは基本
雑誌「Sports Graphic Number」と「NumberWeb」に掲載された記事のなかから、トップアスリートや指導者たちの「名言」を紹介します。今回はメジャー初の「リアル二刀流」でホームラン、という漫画のような結果を残した大谷翔平にまつわる3つの言葉です。 <名言1> 今年はうまくいかないことも血肉になる打席が多いと思います。 (大谷翔平/Number1009号 2020年8月20日発売) ◇解説◇ 大谷にとって2020年、3年目のメジャーリーグは試練のシーズンだった。二刀流本格復帰のはずが新型コロナウイルス禍で開幕が延期。そして60試合制での開幕後には腕を痛めて打者に専念したものの、なかなか打率が上がってこなかった。 そして無観客での試合が続くなど「とにかく勝手がいつもと違うので、普段通りというわけにはいかないな、ということは感じています」と本人も認めていた。しかし、凡打の中で
日本ハムの“ビッグボス”新庄剛志監督の話題がメディアを席巻するなど、例年以上に“監督”に大きな注目が集まっているオフシーズンのプロ野球。そこで『Number Web』では、1990年から2020年までの日本シリーズ優勝監督の中から「あなたが選ぶ最高の名将は誰ですか?」というテーマでアンケートを実施した(#1で6~10位の結果、#2で1~5位の結果を公開中)。 全891票中334票を獲得して1位に輝いたのは、ヤクルトを率いて3度の日本シリーズ制覇を達成し、24年の監督生活で通算1565勝をあげた故・野村克也監督だった。同アンケートの結果について、野村監督をよく知る人物はどのような感想を抱いたのだろうか。現役時代に野村監督の指導を受け、2015年には自身も監督としてヤクルトをリーグ優勝に導いた真中満氏に話を聞いた。 ◆◆◆ 野村さんがアンケート1位ですか。当然だとは思いますが、やはり嬉しいです
「6月に川崎真道館という剣道場ができまして、その総代表になりました。と言っても、剣道を教える師範ではなく、僕はあくまで道場のトップという立場なんです」 そう語るのは、2014年~2016年と3年連続JRA最多勝利騎手にもなったトップジョッキーの戸崎圭太だ。今年も7月末までに70勝を挙げ、JRA騎手の勝利数ランキング3位につけている。鞭を振り、たくさんの栄光を掴み取ってきたバリバリの現役騎手が、馬を降りては竹刀を振る――。前代未聞の"二刀流"に踏み出した理由と経緯を聞いた。 ――剣道場の総代表になるまでの経緯を教えてください。 戸崎 まず、剣道に携わることになったのは、子どもたちが剣道をやりだしたのがきっかけでした。8年前に当時小学2年生の長男が「剣道をやりたい」と言い出して。自分も妻も剣道にはまったく関わりがなかったのですが、彼の中で「カッコイイ」と思ったんでしょうね。長男に通わせてみると
雑誌「Sports Graphic Number」と「NumberWeb」に掲載された記事のなかから、トップアスリートや指導者たちの「名言」を紹介します。今回は2020年、将棋界を盛り上げた藤井聡太二冠をめぐる、4人の棋士の言葉です。 <名言1> 最近の藤井さんの将棋を見て、思い浮かべるのはモーツァルトです。 (佐藤天彦/Number1010号 2020年9月3日発売) ◇解説◇ 佐藤九段は将棋界で今起きている事象について、オリジナリティーある表現で言語化する達人である。代表的な例は、“将棋ソフトが示す最善手がある一方で、人間の観点でいかに将棋を研究していくのかの葛藤”について「評価値ディストピア」と評したことは将棋ファンの中で話題になった。 その表現力は、藤井聡太二冠を語る際にも存分に発揮されている。 同年代である中村太地七段との「縁側対談」において、天彦九段は15歳時の藤井四段(当時)
「セ・リーグでプレーしてみないかといわれたら、どのチームに入る?」 バースにこのように聞かれて、落合はこう答えたのだ。当時のNumber編集長も「落合博満さんの言葉も赤裸々です」と評したほどの“率直発言”だが、その後中日への大型トレードを経て、93年オフにFA宣言で巨人の一員となった。日本人初の1億円プレーヤーを含めた球歴を踏まえると……プロ野球選手としての哲学が揺るぎないものだったと言える。 なおバースは「やっぱりセ・リーグで落合がプレーするのを見てみたいよ。だけど相手チームじゃない方がいいね。タイガースで一緒にやらないか(笑)」と冗談めかしていた。落合は87年にセ・リーグに来たものの、バースは88年途中に阪神を退団。2人を同じリーグの舞台で見られた期間はわずか1年強だったのが惜しまれる。 年齢とともに肉体的な体力は衰えてくるけど <名言2> 野球がうまくなるヒントはなんぼでもその辺に落
◇解説◇ 1989年ドラフト4位で熊本工から広島カープに入団した前田。1年目春の時点で山本浩二監督と二軍打撃コーチの内田順三をして「技術的に教えることは何もない」と言わしめるほどその打撃は完成されていた。3年目の1992年には130試合に出場し、打率.308を記録。以降、ゴールデングラブ賞とベストナインの常連となり、セ・リーグを代表する走攻守揃った外野手となっていく。 そのバッティングは伝説の名選手からも賞賛された。同時期にパ・リーグで活躍していたイチロー(当時オリックス)から一目置かれ、オールスターで真っ先に前田智徳のもとへあいさつに出向いたほど。三冠王・落合博満も天才と公言し、賛辞を惜しまなかった。 その天才が周囲を唸らせたのが、前掲の掛布雅之氏(元阪神)との対談で狙い球について聞かれた際の答えだ。冒頭の発言に続けて「狙ったら、誰でもある程度は打てますよ」と付け加えるなど打撃へのこだわ
帰宅部増加の理由はなぜ? アンケートを実施 近年、中高生の間で運動部にも文化部にも所属せず「帰宅部」を選ぶ生徒が増加しています。 全国の中学2年生の男女およそ100万人を対象にした調査(令和1年スポーツ庁)によれば、男子14.8%、女子11%が帰宅部という結果に。平成26年からの5年間で、男子は2.7ポイント、女子は1.9ポイント上昇しています。さらに、進学情報サイト「スタディサプリ進路」が高校生を対象に実施した調査「入りたい部活ランキング」(2021年)では、帰宅部が1位になるという結果が出ました。 なぜいま、帰宅部を選ぶ中高生が増えているのでしょうか? その理由を探るべくNumberWebでは、部活をやめて帰宅部になった“かつての中高生”に、「あなたが部活をやめた理由」というテーマでアンケートを実施。わずか5日間の集計で、241人の票が集まりました。 「やめた理由」で多いのは? 時期は
ヤクルトが20年ぶりの日本一に輝いた2021年シーズンのプロ野球。「絶対大丈夫」という合言葉が定着したヤクルトの高津臣吾監督と、CSでの意表を突く采配が話題を呼んだオリックスの中嶋聡監督による“新時代の名将対決”は多くの野球ファンを魅了しました。 日本ハムの“ビッグボス”新庄剛志監督がオフシーズンの話題を席巻し、中日に立浪和義新監督が就任するなど、指揮官への注目度が高まっている野球界。そこで『Number Web』では、1990年から2020年までの日本シリーズ優勝監督の中から「あなたが選ぶ最高の名将は誰ですか?」というテーマでアンケートを実施。11月16日から24日にかけて、計891人の投票が集まりました。
そう指摘するのは、ジャック・フルツ氏。20年以上にわたってアメリカからアイビーリーグ選抜を率い、出雲駅伝に参戦してきた日本通の監督だ。駅伝にも造詣が深く「エキデン競走には100年以上の歴史があり、今も沿道に多くの人が駆けつける。長距離選手をここまで熱を持って応援してくれるエキデンは素晴らしい文化」と評価している。一方で競技の側面から見た駅伝とマラソンとの関係については、こう語る。 「東京オリンピック前に日本に視察に来た時に、日本の陸上関係者とこんな話になりました。日本の優秀な大学卒の男子ランナーはハーフマラソン向きになっているランナーが多いよね、と。なぜなら彼らはハコネなどのエキデンの主要区間である20km前後に注力するケースが多い。エキデン・ディスタンスとマラソンは同じ長距離でも別の練習が必要になる。卒業後にマラソンに挑戦するとなった時にそのシフトがなかなか上手くいかない可能性はあるので
雑誌「Sports Graphic Number」と「NumberWeb」に掲載された記事のなかから、トップアスリートや指導者たちの「名言」を紹介します。藤井聡太二冠をめぐる4人の棋士の言葉を、藤井二冠の朝日杯将棋オープン戦3度目の優勝を機に再公開します。(初公開:2020年12月29日)。 <名言1> 最近の藤井さんの将棋を見て、思い浮かべるのはモーツァルトです。 (佐藤天彦/Number1010号 2020年9月3日発売) ◇解説◇ 佐藤九段は将棋界で今起きている事象について、オリジナリティーある表現で言語化する達人である。代表的な例は、“将棋ソフトが示す最善手がある一方で、人間の観点でいかに将棋を研究していくのかの葛藤”について「評価値ディストピア」と評したことは将棋ファンの中で話題になった。 その表現力は、藤井聡太二冠を語る際にも存分に発揮されている。 同年代である中村太地七段との
9月27日、羽生善治九段が50歳の誕生日を迎えた。19日の竜王戦挑戦者決定戦第3局で「羽生世代」である丸山忠久九段に勝利し、前人未到のタイトル通算100期への挑戦権を手に入れた。そして22日には王将戦挑戦者決定リーグ開幕戦で藤井聡太二冠に公式戦4度目の対局で初勝利。50歳を目前としたタイミングでその存在感を示した。 そんな将棋界が誇るスーパースターについて、七冠独占など将棋界に旋風を巻き起こしていた20代の頃から、見たことがないようなオフの瞬間まで、写真とともにご紹介する(肩書は現在のもの)。 (1)王位戦にて、佐藤康光九段との対局 1990年代を代表するトップ棋士、佐藤康光九段との王位戦で対局する。この2人は竜王戦、王位戦、王将戦、棋王戦、棋聖戦と数多くの七大タイトル戦で対決した。羽生九段と佐藤九段との公式戦対局は通算150局を優に超えている。
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