q22のブックマーク (183)

  • 『ヒストリエ』 岩明均

    フェロモンボディのボディソープを買いました。  スリミング・セルライト対策のソルト系のボディソープとしてクチコミでも割と評価... 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。 ...

    q22
    q22 2007/11/21
  • 『ヒストリエ』 岩明均

    フェロモンボディのボディソープを買いました。  スリミング・セルライト対策のソルト系のボディソープとしてクチコミでも割と評価... 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。 ...

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    q22 2007/11/10
  • 『ヒストリエ』 岩明均

    フェロモンボディのボディソープを買いました。  スリミング・セルライト対策のソルト系のボディソープとしてクチコミでも割と評価... 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。 ...

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    q22 2007/11/05
  • 『ヒストリエ』 岩明均

    フェロモンボディのボディソープを買いました。  スリミング・セルライト対策のソルト系のボディソープとしてクチコミでも割と評価... 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。 ...

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    q22 2007/11/04
  • 『ヒストリエ』 岩明均

    フェロモンボディのボディソープを買いました。  スリミング・セルライト対策のソルト系のボディソープとしてクチコミでも割と評価... 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。 ...

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    q22 2007/10/20
  • 『ヒストリエ』 岩明均

    フェロモンボディのボディソープを買いました。  スリミング・セルライト対策のソルト系のボディソープとしてクチコミでも割と評価... 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。 ...

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    q22 2007/10/05
  • 『ヒストリエ』 岩明均

    フェロモンボディのボディソープを買いました。  スリミング・セルライト対策のソルト系のボディソープとしてクチコミでも割と評価... 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。 ...

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    q22 2007/10/02
  • MIYADAI.com Blog - 幼い頃に観た藤城清治(当時木馬坐)の影絵劇『銀河鉄道の夜』のDVDが発売されました!

    MIYADAI.com Blog (Archive) > 幼い頃に観た藤城清治(当時木馬坐)の影絵劇『銀河鉄道の夜』のDVDが発売されました! « [videonews.com] マル激トーク・オン・ディマンド更新しました | 宮台師匠とアミュドロイド・ハルコの、愛が「ニッポン」を救うのだ! » ──────────────────────── 宮沢賢治原作、藤城清治演出の影絵劇『銀河鉄道の夜』05年公演に抱いた違和感を 切り口に、「宗教的世直しの不可能性と不可欠性」に関する意味論的伝統を解読する。 ──────────────────────── ■宮沢賢治を原作とする藤城清治の影絵劇『銀河鉄道の夜』のDVDが2007年夏に発売された(05年和光文化センター公演)。私にとっては40年ぶりの再会だ。何度観ても素晴らしい影絵劇だが、藤城清治氏には帰せられない理由により、私にはどうしても大きな

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    q22 2007/09/21
  • 『ヒストリエ』 岩明均

    フェロモンボディのボディソープを買いました。  スリミング・セルライト対策のソルト系のボディソープとしてクチコミでも割と評価... 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。 ...

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    q22 2007/09/15
  • 『ヒストリエ』 岩明均

    フェロモンボディのボディソープを買いました。  スリミング・セルライト対策のソルト系のボディソープとしてクチコミでも割と評価... 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。 ...

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    q22 2007/09/01
  • ish - 『民族と国家』ナショナリティ・エスニシティ・パトリ

    『民族と国家―グローバル時代を見据えて』 松健一 「webは「砂の文明」である」「文化と文明、サイボーグ・ファシズムと母の殺害」で題材とさせて頂いた 『砂の文明・石の文明・泥の文明』の松健一による「民族」論。『砂の文明・石の文明・泥の文明』とクロスオーバーしつつ補完し合う部分が多いため、併せて読むとより良いでしょう。ナショナリズムについて、公平かつ冷静に理解しようとするなら、(巷に溢れる大衆的「愛国論」や上辺だけの左翼言説と異なり)良き導きとなることは約束できます。 氏はネーション(国民=民族)の実在をナイーヴに信じる「ナショナリスト」ではありません。ネーションとは、ネーション・ステート(国民国家)の形成と共に遡及的に想定される「ルーツ」であり、例えばDNA等により物質的に還元できるものではありません。 ではネーションのリアリティを否定しているのかというと、そうではありません。ネーショ

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    q22 2007/07/26
  • 恋愛と郷愁

    ある男友達(もうずっと連絡も取っていませんが、厚かましく友人とさせて頂きます)から、すごいセリフを聞いたことがあります。 「子供は要らないけれど、自分のクローンを作りたい」。 わたしは「クローンを作りたい」という人の気持ちがまったく理解できないので、「なぜ?」と尋ねたところ、返ってきたのが、 「今まで人生で色々な選択をしてきた。あそこでああしていれば、と思うこともある。別の選択をしていたらどうなっていたのか、それが知りたい」 という答えでした。 そもそも、仮に遺伝子がまったく同じであったとしても、それは<わたし>とは全然関係のない人間なわけで、クローンに「パラレルワールドの自分」を託すことは馬鹿げた空想ではあるのですが、そのことは脇に置いておきましょう(当の彼もわかった上で「自分大好きっぷり」の半偽悪的表現としてこう語ったのではないかと思います)。 今、気になるのは、「あり得たかもしれない

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    q22 2007/07/22
  • メールを出さなければ電車に乗り遅れられるのか、誰が電車に乗ったのか、愛は終着駅で致命的出会いにたどり着くのか

    文学・思想 / メールを出さなければ電車に乗り遅れられるのか、誰が電車に乗ったのか、愛は終着駅で致命的出会いにたどり着くのか 「虚空に向かって書くからこそ丁寧に書く」「なぜコメントの敷居を高くするのか」で、このブログのスタイルが「一方通行」であることについて考えてみたのですが、そもそも私信というものをほとんど書かなくなった気がします(件のエントリで「特定の誰か」という表現をしたため、公開私信的なものと誤解されてしまった方がいるようですが、これは定冠詞の総称的用法というか、「死者への手紙」のような意味で、まったく交通可能性のないものです)。 何度も同じ言い訳をしますが、「やりとり」のすべてを拒否しているわけではまったくありませんし、壁を作った上でその壁を認識できる人が乗り越えて来てくれた時には、面白い出会いになることもあります(つい最近もありました)。世の中には、壁そのものが見えない恐れ気な

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    q22 2007/07/22
  • 革命家は制止を振り切ってゴミを拾え

    しあわせのかたちさんに個人主義者は「公園のゴミ」を拾えるか?というエントリがあります。「公園に落ちているゴミを拾うか否か」を素材に、「個人主義」の立場とそこで見落とされている視点を整理したものです。 「公園をキレイにしたい人もいれば汚くても構わないという人もいる。キレイにしたい人が多数派なら、議会等で決めて清掃員を雇えばよい」という「個人主義者」の論理には「人が社会を作る以前に社会が人を作るという視点」、つまり広義の教育的見方が欠落している、という論旨です。 「見落とされている」視点にツッコむ、というテクストですが、そこでさらに見落とされている重要なポイントをツッコませて頂きます。 といっても、別段反論でもなければ、個人主義を巡る議論を発展させるものでもありません。 テクストの題とは全然関係ない、細部への混ぜっ返し、「ゴミを拾う」こと自体の意味についてです。 このテクストでは、「ゴミを拾

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    q22 2007/07/08
  • 『ラカンと政治的なもの』 ヤニス・スタヴラカキス

    『ラカンと政治的なもの』 ヤニス・スタヴラカキス 隠れた名著発見かもしれません。 「ラカンと政治的なもの」と、キャッチーな素材でありながら、それほど読まれているではないと思います。 いかにもジジェク的内容を予想させますし、実際帯にはジジェクとラクラウの推薦文があり、両者からの強い影響が見受けられます。しかし論調にはジジェク的アクロバティックさはなく、実に堅実。著者はギリシア人ですが、イギリスで教育を受けた人らしく、英米系ラカン研究者的な落ち着いたトーンです。 ジジェクの血沸き肉踊るテクストも素晴らしいのですが、ラカンと「政治」についてもう少し平明に整理してくれているものはないか、とお探しの方にはぴったりでしょう。 前半二章「ラカン的主体」「ラカン的対象」は、ほとんど「ラカン入門」。平易にラカンの基概念を整理しています。 第三章「政治的なものを包囲する」以降で、前半の整理を踏まえて、ラカ

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    q22 2007/06/25
  • ドリトル先生と差別、なぜ多様性も「アイデンティティ」も無効なのか

    長年、AFNと共にNHKラジオ「ビジネス英会話」のファンなのですが、その6月号テキスト掲載の上智大学講師ドミニク・チータムさんによるコラムで、衝撃的事実を知りました。 先日、ドリトル先生のことを尋ねる息子に説明していて、を買ってみよう、ということになった。そして私たちはショックを受けた。ドリトル先生シリーズの英語版は、第一巻以外既に絶版になっている。 チータム氏によると、ドリトル先生には今読むと人種差別的と受け止められる表現があり、それが絶版につながったのでは、とのこと。 視界が暗くなるほどの怒りを覚えました。 何が差別だ。お前らのやっていることこそ焚書坑儒ではないか。 もしかすると英語版「ドリトル先生」が絶版になったのは、「差別」とは別の理由によるものなのかもしれません。ただ、「差別」を振り回す態度というのは、市民派やリベラル、一部フェミニストにまま見られることなので、「差別」一般に関

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    q22 2007/06/21
  • 斎藤環と茂木健一郎の往復書簡「脳は心を記述できるのか」 第1信 「価値のクオリア」は存在するか?(斎藤環)

    斎藤環から茂木健一郎への手紙 はじめまして。 はじめておたよりします。斎藤環と申します。 茂木さんの著書は何冊か読ませていただきましたが、その精力的な活動のすべては、とうていフォローし切れていない点をまずお詫びいたします。 そのかわりといってはなんですが、妙なエピソードからはじめさせていただきます。 じつは私は、茂木さんとこれまでに何度かニアミスしているんですよ。たとえば、私は2006年の夏休みにフライブルクに行ったんですが……(といえばピンと来るかも知れませんね)、ルフトハンザ機内で私たち家族の斜めうしろに茂木さんが座っておられました。驚いたのは、往路だけならまだしも、復路の機内でもほぼ同じ位置関係で、なんというか、この「偶有性」には驚かされました。思えばあの時点で、この企画は萌芽的かつ徴候的に成立しつつあったのかもしれませんね(笑)。 私の茂木さんへの親近感はこれに留まりません。私たち

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    q22 2007/06/01
  • 寛容さと共存の何が問題なのか

    「オルテガ『大衆の反逆』、空地、国家」でオルテガを話題にしたところ、しあわせのかたちのsho_taさんより、「自由主義デモクラシーの賛美こそオルテガの真骨頂であり、これを取り上げるべき」とのご指摘を受けました。 そこで「美しい」として引用されていたのが以下の下りです。 政治において、共存への最も高度な意志を表明した形態は、自由主義的デモクラシーである。自由主義的デモクラシーは、隣人を考慮しようとする決意を極端に示しており、「間接行動」の典型である。政治権利の原則は自由主義であり、社会的権力はその原則に従って、全能であるにもかかわらず自分自身を制限する。つまり、最も強い人たち大多数の人たちである社会的権力は、自分が犠牲を払っても、自分が支配している国家のなかに、自分たちと同じように考えたり感じたりしない人びとが住めるような場所を残そうと努める。今日このことを思い出す必要があるが、自由主義とは

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    q22 2007/05/28
  • 「非コミュな一体感」、一体感とインタラクティヴ性

    相変わらずブートキャンプにハマっています。「ブートキャンプやってます!」でも書いたのですが、このブートキャンプ、一人でやっているのに異様な一体感があります。「一人なのに一体感」なものを仮に「非コミュな一体感」と呼んでみると、「非コミュな一体感」にも二種類あることに気付きます。 ここでの「一体感」は非常に大雑把な使い方をしているので、別段高尚な意味を含んでいるわけではありません。例えばサッカーを見に行ってみんなで盛り上がる、みたいなものが「一体感」です。サッカーの場合は「非コミュ」ではない「コミュな一体感」です。 実際にみんなで集まるのではない一体感、「非コミュな一体感」となると、すぐに思いつくのはネット上のコミュニティなどです。2ちゃんねるの「祭り」などにも、そうした「一体感」があるのではないでしょうか。 この場合、「盛り上がっているけれど、ふと我に帰って周りを見回すと誰もいない」という意

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    q22 2007/05/27
  • アンドリュー・パーカー『眼の誕生』と対象aとしての眼差し

    『眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く』アンドリュー・パーカー 突然ですが、生物学が苦手です。 文系のくせに高校の理科で物理・化学を選んでしまった時点で脱落(ちなみに理由は、生物の先生が下品で嫌いだったから)。等脚目だの顎脚綱だの言われても、わたしから見れば全部「虫」です。 一般向けとは言え『眼の誕生』も生物学のですから、ナンヤラ科カントカ目の類が沢山登場するのですが、正直、最初から最後までさっぱりイメージできませんでした。 にも関わらず投げ出す気になれなかったのは、書のテーマが素晴らしく魅力的だからです。 以下、「ネタバレ」になってしまうかもしれないので、気にする方は読まないで下さい(推理小説ではないですし、結論はわかっているのですが、ワクワク感を演出する構成なので、念のため)。 『眼の誕生』の主張する「光スイッチ説」とは、「カンブリア爆発」と呼ばれるカンブリア初期における生物の

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    q22 2007/05/24