いまも生きている経済学の古典を紹介したい。 人間は必ず死ぬ。生きる時間が有限であり、その終着点に希望がないことが、かえって人間の生活を幸福にさえするのだ。マルサスの人間観というのは一言でいえばこう要約することができる。今日、人口法則の名称で有名な経済学者トマス・ロバート・マルサスは、他方で安易な啓蒙思想―人類が理想的な完成形態に向かうという18世紀に蔓延した考え方―に冷水を浴びせたことで、経済思想の歴史の中で孤絶とでもいっていい地位を占めている。 マルサスの反啓蒙的な立場が際立っているのが、その天才的な処女作『人口論』(1799年初版)であるのは言うまでもない。マルサスは個々の人間の将来に待ち受ける絶望(=死という終末)があるゆえに、人々は幸福を実感できるという「逆説」を、人類全体に適用した。人間は限られた時間だからこそ、一刻一刻を輝かしいものにできる、という信念であった。 マルサスは人類