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でも、基本は所属研究室のやり方に合わせるんだぜ! 何を書きたいのかはっきりさせやがれ! 次のことをまずはっきりさせて、メールで送りやがれ! 問題はなんでぃ? その問題を解決してぇんか?それとも緩和させてぇんか? その問題を解決/緩和すると誰がよろこぶんでぃ? この問題について他に誰か挑んでねぇか? どこのどいつさまが、いつ、何をしでかしたん? 何で、おめぇさんはそいつの成果に何か上乗せできるとおもっているんだい? どういう方法で問題を解決/緩和を実現するつもりだい? どんな結果がでそうなんだ(あるいはてにいれたんだ) 論文の骨ってやつを俺様にメールで送れ! 論文の味わいを決めるのは脂じゃなくて骨なんだ!骨がきっちりした論文は肉がきっちりついてうめぇ。骨がガタガタなのに肉をつけようとすると犬にでもくれてやりたいできあがりになる。そいつはいただけねぇ。次のことをメールで送りやがれ! 論文の題目
修士論文の執筆もいよいよ後半戦。毎週修士論文工房をおこなっているが、そろそろ終了に向かっていく作業を始めよう。 僕のところで修士論文を書いている学生の多くはコラボレーションでいままで研究を行ってきた。プロジェクトのメンバーとして活動してきた状態から、個人の作品として修士論文を書くことになって混乱している。都市メディアのチーム、医療システムのチーム、新しいメディア開発のチームなどがあるが、すべてにおいて、共通する特徴がある。それは、人間と携帯端末とそれが繋がるネットワーク、そしてその先のデータの世界のインタラクションという非常に複雑な現象を扱っているというところだ。クラウドコンピューティングとWebサービスの登場によってこうした複雑なシステムを学生プロジェクトでも作ることができるようになったのだ。そしてなかなか面白い結果を出しているが、これを論文の形で説明することは非常に難しい。また全体に
今回も教科書ネタ。 学生の論文には、読んでいて面白いものと、苦痛なもの指導しがいのあるものがあります。後者のような論文を書く学生は、論文についてこう考えていることが多いです。 興味のあることを見つけて、それについて文献を読み、それをまとめて、最後に自分の意見を書く。 こういう指導をされている先生方は意外に多いのではないかと思います(自分も昔はそうでした)。指導がラクだし。しかしこれは論文を書くときの方針にはなりませんし、してはダメです。 論文とは「研究成果」のアウトプットの1つです。少なくとも社会学における研究とは、解かれていない謎や決着のついていない問いを自分で見つけ出し、データ等の証拠を使ってそれに答えることです。(それ以外の論文もありますが、まず基本を抑えないとダメです。)上記のダメ方針は、研究と単なる勉強を取り違えているのです。 研究の手順は標準的に教えられているもので十分です。
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